「嚥下力」の回復を導く脳波-筋電気刺激リハビリテーション学の創生
小野 弓絵 先生

明治大学 理工学部 電気電子生命学科 生命理工学専攻 専任教授

今回のご研究ではブレイン・マシン・インターフェース(BMI)を活用してリハビリシステムを開発されたとのことですが、BMIとはどのようなものなのでしょうか。

簡単に言えば、脳と機械を連動させる技術です。たとえば脳卒中の後遺症で手指に麻痺が残ってしまった患者さんに、ボールが転がってくる動画を見せて「握ろう」とイメージしていただきます。その脳波をシステムが検知すると、ロボットが患者さんの手を実際に動かしてボールを握らせます。脳波を計測し、その思考に基づいて外部機器を制御する。それがBMIシステムです。

このBMIを活用したリハビリテーションは、すでに臨床現場で導入されています。30分間ほど訓練しただけで脳の神経回路が再建されて「握る」感覚を取り戻し、自分で指が動かせるようになった患者さんもおられます。

なぜ、失われた機能を回復させることが可能なのでしょうか。

脳神経のネットワークには、複数の道が存在します。電車の路線図を思い浮かべてみてください。出発地から目的地までに複数の経路がある場合、普段使っていた路線が運休になってしまっても、私たちは他の路線を使って目的地に向かいます。

脳の指令を出す部分(出発地)から、目的の動作を可能にする筋(目的地)までの道のりにおいても、同じようなことが起こります。一部の神経回路(道)が途切れてしまっても、新しい神経回路を構築して、目的の動作を可能にする仕組みがあるのです。

この仕組みを活用したのが「ニューロリハビリテーション」です。筋は通常、グループ単位で一つの神経によって動かされています。元の道が使えなくなっても、その神経にアプローチできる「別の道」があれば問題ありません。訓練を重ねて新たな道を作り出すことができれば、壊れてしまった道を使わなくても、以前と同じように体を動かせるようになる可能性が出てくるのです。

これまで、手や足の骨格筋に対してはBMIを活用したリハビリテーションの有効性が確認されていたが、嚥下を対象とした研究例はほとんどなかった。しかし、嚥下においても同様の訓練を重ねることで、脳神経のネットワークが変化し、飲み込むための回路を再構築できるはずだと考え、研究に取り組んできた

それでは、先生が考案された嚥下障害に対するリハビリテーションシステムについて、具体的にご説明いただけますか。

私たちが開発したのは、脳波の変化をリアルタイムで検出し、脳が「飲み込もう」という指令を出したとき、喉に電気刺激を送るシステム(脳波-筋電気刺激BMIシステム)です。

トレーニングの際には、脳波計のキャップを頭にかぶり、電気刺激を送る装置を喉に取り付けます。脳波を計測しながら患者さんに「飲み込もう」とイメージしてもらい、嚥下意図が検出されたらすぐに、装置が喉に電気刺激を送ります。そのタイミングに合わせて実際に唾液や水を飲み込んでいただきます。飲み込もうとする意志がきちんと脳から発生した、ということが、喉への感覚刺激としてフィードバックされるというしくみです。

嚥下障害を持つ患者さんは、自分の脳が正常に活動しているかがわかりません。しかしこのリハビリテーションシステムであれば、電気刺激というフィードバックの有無によって、常に自分の状態を把握しながらトレーニングを行うことができます。BMIシステムは、いわば嚥下訓練における「専属トレーナー」とも言える存在なのです。

高性能の電極やセンサーを駆使することで、嚥下の妨げにならない電気刺激電極が完成した。外力で強制的に嚥下させるわけではなく、特定研究のキーワードでもある「生体レジリエンス」を念頭に、あくまで患者さんの持つ神経回路を活性化させて機能を回復させることを目指している

こちらのリハビリテーションシステムの効果は、どのように確認されたのでしょうか。

現段階では、予備的な検討として健常者を対象に実験しています。ひと口に健常者といっても個人差があり、さまざまな嚥下のパターンが見られます。

そもそも嚥下は、3つの段階で進行します。まず舌の筋が収縮し、食べ物を口の奥へと送り込みます。次に、喉のまわりの筋が働き、食べ物を食道の方へと輸送します。そして最後に、舌骨や喉頭周囲の筋が協調して働くことで喉頭蓋が倒れ、気道を保護しながら、食べ物が食道へと運ばれます。この一連のプロセスが順序よく行われることで、安定した嚥下が可能になるのです。

被験者のデータを見ると、BMIを用いた嚥下訓練を行う前は、これら3つの筋群の活動にばらつきが見られました。しかし訓練後には、3つの筋群の活動が均一になり、スムーズに連携できている状態へと変化していました。さらに、脳活動を解析したところ、以前よりも少ない嚥下努力で飲み込めていることも示唆されています。すなわち、より少ない負荷で効率よく嚥下ができるようになったと考えられるのです。

上のグラフは脳の活動、下のグラフは3つの筋群の活動を可視化したもの。縦軸は活動の強さを示し、脳活動は数値が小さいほど、筋活動は数値が大きいほど活発に活動していることを表す。BMIシステムによる訓練後には、スムーズな嚥下ができていることがわかる