「嚥下力」の回復を導く脳波-筋電気刺激リハビリテーション学の創生
小野 弓絵 先生

明治大学 理工学部 電気電子生命学科 生命理工学専攻 専任教授

BMIトレーニングシステムによって、嚥下の改善だけでなく「嚥下のスムーズさ」の客観的な評価も可能になったのですね。

はい。さらに、嚥下困難性を理解するために、飲み込みにくい食材であるクラッカーと、水を飲み込む時とを比較して、脳の運動野(運動を指令する部位)と筋群の活動を調べました。

その結果、水の場合は、嚥下の指示を受けた直後にスムーズな飲み込みが始まるのに対して、クラッカーの場合は脳も筋群も長時間の活動を続け、ようやく飲み込みに至る様子が可視化されました。被験者は健常かつ若い世代ですが、それでも飲み込むまでに約2秒もの時間を要しています。

また、嚥下障害のある方は「飲み込もうと努力しても、なかなか飲み込めない」という苦しさを抱えています。運動野と筋群の活動を可視化することができれば、患者さんのそうした努力を理解できるようになります。さらに、嚥下に関わる筋の状態を筋群ごとに把握できるため、どの筋群につながる神経回路に障害が生じているのかといった、より的確な診断につながると期待しています。

クラッカー食塊と水の嚥下困難性を比較したデータ。青い線で表される運動野の活動は、数値が低いほど活発であることを示す。一方、赤の線と黄色の線で示される筋群の活動は、数値が大きいほど活発であることを示す

ご研究を進められるなかで、特に苦労されたのはどのような点でしょうか。

これまで嚥下に関する研究において、歯科領域では末梢の筋、神経内科領域では脳神経が主に注目されてきました。そのため、嚥下時に脳と筋がどのようにコミュニケーションしているかを示すデータはほとんど存在せず、両者のつながりを解明するために「そもそもどのような解析手法を用いるべきか」という点に頭を悩ませました。

試行錯誤の末、多チャンネルで脳波を計測し、その信号を解析することで、運動や感覚に関わる脳活動の変化を捉えられるようになりました。さらに、脳のどの領域の活動がどの筋活動と関連しているのかを解析する取り組みを進めた結果、先ほどお見せしたように、運動野と筋活動の時間変化を可視化できるようになってきました。

特定領域研究助成に採択していただいたおかげで、嚥下に関わる脳機能と筋を同時に評価する仕組みがようやく整備されつつあります。「見えないものを見たい」という思いから始まった本研究において、「脳と筋活動のコミュニケーション」が、今まさに見え始めてきたという実感があります。

セコム科学技術振興財団の研究助成を受けたご感想をお聞かせ願えますか。

何よりもありがたかったのは、素晴らしい選考委員の先生方から、研究計画に対して貴重なご意見をいただけたことです。医師や工学系など、さまざまな専門分野からのご助言を取り入れて軌道修正を重ねたことで、本研究の「狙い」をより明確にすることができました。非常に学びが多く、深く感謝しております。

助成金に関しても十分なご支援をいただき、研究機材の拡充や学会での情報収集に活用させていただきました。さらに、研究チームにデータサイエンティストの方を招き入れることができたため、新たな角度からデータ解析や考察を進めることができ、研究の質を高める上でとても役立ちました。

今後の目標と、先生の開発されたシステムが社会に実装されるまでの展望を教えてください。

「脳と筋活動がどのようにコミュニケーションをしているのか」を知ることは、新しいリハビリテーションの提案につながります。患者さんが希望を持って訓練に励める仕組みを作り、機能回復に役立てていただくことが、私の大きな夢であり目標です。

そのためにも、今後は症例研究をさらに広げていく予定です。嚥下障害にはさまざまなタイプがあり、現在は臨床の先生方と協力して計測を進めております。将来的にはBMIトレーニングシステムとしてだけでなく、どの部位の障害で嚥下が難しくなっているのかを診断したり、患者さん一人ひとりに最適なリハビリテーションを提案したりできる「診断機器」としても展開できれば、より現場で活用しやすくなると期待しています。

これからも「体の中を正確に見る」技術を通じて、一人でも多くの患者さんに還元できる成果を出せればと思っています。

工学研究者として「ものを作って世に出したい」という思いは強い。臨床現場で患者さんに活用していただける医療機器を作ることが一番の夢

先生の開発される医療機器が多くの患者さんを救う日が訪れることを期待しております。お忙しいなかインタビューにご対応いただき、ありがとうございました。