男性更年期障害の予防対策のためのウェアラブルシステムの社会実装
孫 輔卿 先生

東京大学 多様性包摂共創センター 准教授

「生きがい」がフレイルの発症と関わっているとは、意外です。

さらに重要なことに、生きがいのない高齢女性はフレイル診断基準の一つである「疲労感」が多く出現することが明らかとなりました。

高齢女性の生きがいの有無と疲労感(exhaustion)の関係(5年追跡調査): 生きがい(-)グループでは、調査のスタート地点(baseline)で 高齢女性の6割以上が疲労感を覚えていた

実際、疲労感がある女性は、健康な女性に比べてフレイルになるリスクが約3~5倍高いことが国際的な研究でもわかっています。疲労感はフレイルの評価基準(体重減少、筋力低下、歩行速度低下、活動量低下、疲労感)のひとつとされていますが、症状悪化の「スタート地点」となっている可能性があるのです。

そのため、疲労感を早期に発見し、その程度を正確に評価できれば、高齢女性のフレイルの発症や悪化を防ぐことができるようになる可能性があります。そこで、本研究ではフレイル早期検知のツールとして、高齢女性の疲労感の程度を定量化できる数値指標の開発を目指しました。

疲労感を数値で表すのは、難しくないでしょうか。

確かに、疲労感は形がない曖昧なものです。感じ方には個人差があるため、主観だけを指標に定量化すると、正確さが保証されない可能性があります。

一方で、客観的に把握できる物質や現象などからその程度を把握することも、ひじょうに困難です。疲労感に関わるものは、特定のホルモン量などの生理的な変化から、表情や姿勢の変化に至るまで、多岐にわたります。ひとつの指標に基づいて定量化することはできません。

そこで、本研究では、本人の自覚などに基づく「主観指標」と、外部から観測または計測できる情報に基づく複数の「客観指標」を用いて、疲労感を多面的に評価できるよう工夫しました。

具体的には「主観指標」と「客観指標」の対応関係をAIに学習させ、後者から前者を推定できるようにしたうえで、高齢女性の疲労感の程度を正確に定量化できる数値指標を確立したいと考えています。この評価法を構築するために、私を含む医学系の研究者に加えて、老年学や心理学などの人文社会系、また情報理工系の研究者にもご参加いただきました。

最終的には、フレイル予防と生きがい向上のために、疲労感の程度に合わせた個人に最適化した支援策を提供できるようにすることが目標です。

研究の全体図

それでは、研究内容について詳しく教えてください。

疲労感を正確に評価できるようにするためには、まず、どのような状態を疲労感と呼ぶのか、その定義を明確に決めておく必要があります。そこで、人文社会系分野の共同研究者たちが、高齢者の疲労感を評価した多くの文献をレビューして、本研究に適した主観指標を探してくれました。

できる限り多くの側面から疲労感を評価できるものを選んだところ、MFI(Multidimensional Fatigue Inventory:多次元疲労尺度)に行き当たりました。

MFIとは、どのような指標ですか。

「何となくだるい」など、総合的な調子の悪さを表す「全般的疲労」や「身体的疲労」、「精神的疲労」、「活動性の低下」そして「意欲の低下」の5つの側面から、疲労感を点数化して評価する指標です。この指標を用いて柏スタディ参加者の疲労感を測定しました。

844人のデータで検証したところ、まず、フレイルの評価基準により、「疲労感がある」群においては、「疲労感がない」群に比べて、MFIスコアが男女とも有意に高いことが分かりました。そこには性差が認められなかったものの、生きがいがない群に絞って、男女のMFIスコアを5つの側面で比較したところ、「全般的疲労」のスコアが女性に有意に高いことが分かりました。面白いことに、MFIの「疲労感の5つの側面」は、日本人の高齢者には当てはまらないことがわかりました。分析したところ「精神的疲労」「活動性の低下」「意欲の低下」の上流因子が存在したため、現在、日本人高齢者の疲労感を評価できる因子の構造をまとめて、論文発表の準備をしているところです。

また、性差を問わず、生きがいがある人は、生きがいがない人と比べて有意に疲労感が低いことがわかりました。先ほどの縦断解析のグラフ(前ページ)では、男性のフレイル新規発症と生きがいとの間には有意な関連は認められませんでしたが、高齢男性における生きがいは、高齢女性と異なる生活習慣や社会性と関連することがわかりました。具体的には、生きがいのない男性は、社会的交流や身体活動量が低下する傾向がある一方、生きがいのない女性は独居の割合が高いという特徴が見られました。この性差を踏まえた知見は、今後フレイル予防のための地域での生きがいづくりの介入・支援策に大いに参考になります。

生きがいの有無が社会交流や居住形態、
身体活動量に与える影響

「客観指標」についても、ご説明をお願いできますか。

血液バイオマーカーに加えて、表情や音声、姿勢などの生体情報を「客観指標」として用いました。

まず、血液バイオマーカーに関しては、私と医学系の共同研究者で、柏スタディの対象者から採取した血液サンプルを用いて、候補となりうる物質の網羅的な探索に取り組みました。RNAやタンパク質、ホルモンやサイトカインなどに加えて、特定分子の発現変化や、分子同士の反応経路なども視野に入れて「パスウェイ解析」を行うなど、多層的に調べました。現時点では性ホルモンやIL-2, IL-6(免疫応答や炎症反応を調整するサイトカイン)など、疲労感と有意な関係が認められる物質が数点見つかっています。男女間で違いが見受けられるものもあり、性差を考慮した疲労感の定量把握や、疲労感発症のメカニズム解明につながると見込んでいます。特に老化に伴って性ホルモンが減少すると、性差特異的に疲労感が出現する分子機序が考えられるため、実験動物などで詳細なメカニズムの検証に取り組んでいるところです。

一方、生体情報に関しては、情報理工学系の共同研究者が、同じように柏スタディの対象者から姿勢や音声、顔表情に関するデータを収集し、疲労感を検知できる機械学習モデルの開発に取り組みました。高齢者の疲労感に関する研究は、新規性が強いため、表情と音声に関しては、学習データとなりうる高齢者のデータが少なく苦労しましたが、大学機関などからデータを入手して、一定の精度で疲労感や感情を検知できるようになりました。現在は精度向上に取り組むとともに、主観指標を推定するモデルとして改良を繰り返しております。最終的には、顔表情や音声を含むマルチモダリティの、疲労感早期検知デバイスの開発を目指しています。