疲労感に着目した高齢女性のフレイル早期検知の指標と予防策の開発
孫 輔卿 先生

東京大学 多様性包摂共創センター 准教授

助成期間:令和5年度~ キーワード:老年医学 フレイル予防 性差医学 研究室ホームページ

2005年3月東京大学大学院医学系研究科博士課程加齢医学専攻修了。博士(医学)。同年より長寿科学振興財団リサーチレジデントとして老化機序の解明および性ホルモンによる抗老化機序に関する性差研究に従事し、2011年より東京大学医学部附属病院老年病科および循環器内科にて特任研究員を務める。2014年に同大学高齢社会総合研究機構特任助教、2018年に医学部附属病院特任助教、2019年に未来ビジョン研究センター・高齢社会総合研究機構特任講師ならびに特任准教授となる。2025年に多様性包摂共創センターの准教授に就任し、現在に至る。

先生のご専門は老年医学と伺いました。この分野に携わるようになったきっかけについて教えてください。

私は韓国の出身で、修士課程では臨床栄養学を専攻していました。患者の体調や病態に合わせて、適切な栄養管理を行うことを目的とした学問分野です。

その中で課題に感じたのは、高齢者の低栄養です。高齢になると、食事量が減ったり、消化吸収能力が低下するなどして、栄養不足に陥りがちです。その改善のためには、加齢に伴う身体的な変化や高齢者の健康について深く学ぶ必要があると考え、日本留学を志すようになりました。日本は超高齢社会の最先端にあり、様々な施策や研究が行われています。そこから、広い知見が得られると考えたのです。

高齢者の健康の中でも、現在の研究テーマに注目されるようになったきっかけを教えてください。

来日後、博士課程や医学部附属病院などでは基礎研究に専念し、老化や老年疾患のメカニズムの解明などに取り組んできました。研究にやりがいを感じてはいましたが、そこで得られた知見をどのように社会に還元していけばよいのかを、次第に意識するようになりました。

そうした折にお声がけいただいたのが、超高齢社会が直面する様々な課題に分野横断的に取り組む東京大学高齢社会総合研究機構です。フレイル予防につながるエビデンスを構築するため、千葉県柏市在住の高齢者を対象にしたコホート研究(通称:柏スタディ)、すなわちある特定の集団(コホート)について、健康状態の変化を追跡して調べる観察研究を、現在も実施しています。

「基礎研究で得られた知見を、地域社会の健康増進に役立てるチャンスではないか」と考えて調査に参加し、以後、フレイルの研究に携わるようになりました。これと並行して、高齢者の健康の増進を目的とした市民とのグループワークなど、フレイル予防を目的とした地域の啓発活動にも積極的に取り組んでいます。

基礎研究は重要だが、そこで得られた知見を積極的に社会に還元していく必要があると考えている。地域実装の場面で、わかりやすく論理的に説明したいという気持ちが、研究のモチベーションとなっている

最近よく耳にする言葉ですが、フレイルとはどのような状態でしょうか。

英語の「虚弱(frailty)」に由来する言葉で、加齢により、様々なストレスに対する抵抗力や回復力が低下している状態です。「健康」と「要介護」の中間と言えば、イメージしやすいでしょうか。

フレイルには、筋力の衰えなどの身体的な問題に加え、うつや気分の落ち込みなどの心理的な問題や、人との交流・つながりの減少などの社会的な問題の3つの側面があり、これらが互いに影響し合うことで悪化します。自立度の低下や生活機能障害を伴うおそれがありますが、適切な支援を行い、意識的に行動を変えることで健康な状態に戻れると考えられています。

つまり、高齢者が健康で自立した生活を続けられるようにするためには、支援などを通して、フレイルを予防することが大切なのですね。

はい。高齢社会においては、平均寿命と健康寿命のギャップをできる限りなくすことが大きな課題とされていますが、そのためにはフレイルを早期に発見し、予防・改善に努めることが重要なカギとなります。この前提に基づいて、国や地方公共団体は、予防に向けて様々な政策やキャンペーンを展開してきました。

しかし、近年、フレイルの発症には、性差があることがわかりました。フレイルを経て要介護状態に進む高齢者の割合を調べたところ、男性の場合は約7割にとどまるのに対し、女性の場合は9割近くに達しています。

男女間で発症率に差がある理由として、フレイルの主な原因とされるサルコペニアや骨粗鬆症、認知症などが女性に多いことや、女性は家事や介護などに時間がとられるため睡眠不足や運動不足になりやすいことなどが挙げられます。

なお、女性のフレイル発症において、注目されているのが「生きがい」です。近年、日本人の健康やウェルビーイングにおいては、生きがいが重要な要因であることが国際的な総合医学雑誌で報告されました。実際に柏スタディでも、女性は、生きがいの有無が5年後のフレイル発症に影響を与えていることがわかっています。

「生きがい」とフレイル新規発症の関係:高齢女性の場合、 生きがいがあるグループ(生きがい(+))のほうが5年後の累積生存率が高く、 フレイル発症のリスクが低いことが示唆される