香川県を対象とした災害時リアルタイム対応支援システム構築の試み
高橋 成実 先生

防災科学技術研究所 連携研究フェロー

それでは次に、津波即時予測についてお話を伺えればと思います。

まず、津波が発生するメカニズムからご説明しましょう。海底の地殻変動によって海水が押し上げられると、海面が持ち上がり、重力に従って流れます。波の伝搬速度は水深が浅いほど遅くなる性質があるため、岸に近づくにつれて前方の波が遅くなり、後ろの波が追いついてきて高まり、津波となって押し寄せます。岸に乗り上げた津波は、海岸線に沿って横へ流れることもあれば、川を遡上して上流で溢れることもあります。また、向かい合う海岸で津波が反射するという現象も起こります。

このように複雑な動きを見せる津波ですが、その振る舞いは「地形」によって決定づけられるため、この特徴を使えば予測が可能となるのです。

実際に津波被害を受けた地域の記録と、システムによる予測結果を比較検証した。彩色してある領域が予測結果で、紫の線が現地で測った浸水の上限。高い精度で一致していることが分かる

従来の津波ハザードマップとの違いや、このシステムで特に配慮された点はどこでしょうか。

大きなポイントは2つあります。

まず、津波のハザードマップは堤防が機能しない前提で作られています。しかし現実には、堤防で防げる津波もあれば、乗り越えて入ってくる津波もあります。それらを正しく評価しなければ、有効な防災シナリオにならないと考えました。

国や県が提供する航空レーザーによる測地データは高精度ですが、上空からは建造物の下部の構造や強度は判別できません。そこで、香川県の対象地域では、実際に測量機器を手に現地を歩き、すべての堤防を計測しました。「堤防の切れ目」から津波が流れ込むリスクも考慮した、リアルな状況を再現しています。

もう一つのポイントは、「潮位変動の考慮」です。潮位は、潮汐や気象条件によって大きく変化します。特に瀬戸内海は潮位変化が大きく、例えば高松市では通常の満潮でも平均潮位より1.5m以上高くなり、過去の水害では2.6mを記録したこともあります。

本システムで津波被害を試算したところ、潮位変動を無視するとわずかな浸水で済むモデルでも、満潮位や最大潮位で計算すると、驚くほど被害の様相が変わりました。そのため現在は、潮位に応じて切り替えられる3種類のデータベースを構築しています。完成すれば、発災時のリアルタイムな水位に合わせて最適なデータベースを選択でき、より正確な津波予測が可能になります。

潮位の時間変動を示すグラフ。左は潮汐による変動、右はそれに津波による変動を加えたものを表す。Case1は潮汐を考慮しないモデル、Case2は平均的な満潮・干潮を考慮したモデル、Case3は過去の最大潮位を満潮時の潮位としたモデル

津波即時予測の機能は、今後どのように活用されるご予定でしょうか。

津波発生直後の即時予測と、平常時の図上訓練の双方で活用できます。

現在、南海トラフの海域には複数の津波計が設置され、沖合での発生や伝播を常時観測しています。これらの観測データから津波の発生と規模を即座に把握し、陸地に押し寄せた際に「どこで・どれほどの高さになるか、どこまでどの程度の浸水になるか」を予測します。

一方、図上訓練では津波のモデルを選んでデモンストレーションを行います。本システムはリアス式海岸に沿う集落ごとに予測点を設定しています。各点における津波の到達時刻を把握できるため「津波の発生から到達までの間に各部署に必要な指示ができるか」などの検証が可能です。

太平洋沿岸とは異なり、香川県では津波の到来までに2時間以上の猶予がある地域もあります。その時間を有効に使えれば、被害を減らすことができるでしょう。また、道路の冠水などによる集落の孤立リスクも可視化されますから、発生直後の対応だけでなく、中長期的な物資輸送や支援計画の判断にも役立ちます。

津波予測の実用化に向け、質の悪いデータによる誤報を防ぐ見極めや、気象影響の精査に苦労した。当初、津波を専門とする共同研究者からは「誤差が大きすぎて使い物になりませんよ」とさえ言われたが、過去に地殻構造の研究で培った複雑な波形処理のノウハウを応用することで、高精度な予測システムを実現できた

開発されたシステムによって、地震と津波、両方を考慮した被害予測ができるということですね。

その通りです。地震と津波、双方の情報を活用することで、今何が起きているのか、あるいはこれからどのような状況になるのか、よりリアルな予測を提示できます。

例えばある自治体では、津波を避けるために海沿いの市役所から山側の庁舎へ災害本部を移す計画があります。しかし、本システムでシミュレーションした結果、沿岸の津波被害は限定的で、むしろ移転先は揺れの被害が大きい地域と分かり、移動せず留まる選択肢もあるかもしれません。

地震と津波の両リスクを正確に把握しておくことで、災害対策本部の最適な設置場所をはじめ、状況に即した判断を後押しできるのです。