早稲田大学創造理工学部 建築学科 教授 高口洋人先生インタビュー「建築物のレジリエンス評価手法の開発研究」(第1回)

 阪神・淡路大震災や東日本大震災を経て、私たち日本人は住宅の耐震化をはじめとする「震災への備え」を行うことが当たり前になっています。しかし「大きな地震が起きたとき、この建物はどれくらいの被害を受けるのか」という具体的なリスクについて知る機会は、ほとんどありません。また、入居しているビルや店舗、工場などが被災した場合、復旧費用をどうやって確保するのか、事業再開が何日後になるのかなど、重要な情報が曖昧になっている企業が多いように思われます。
 そこで今回は、建物が持つリスクや、被災した際の復旧能力について、早稲田大学創造理工学部建築学科の高口洋人教授にお伺いしました。

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1995年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1997年早稲田大学大学院理工学研究科修了(博士<工学>)。早稲田大学助手・客員講師(専任)、九州大学特任准教授を経て、2007年に早稲田大学准教授となり、2012年より現職。現在は住宅や建築物の省エネルギー対策、新エネルギーの導入促進に関する研究などに従事。共著として出版した書籍に『完全リサイクル型住宅Ⅰ、Ⅱ』『地方都市再生の戦略』(早稲田大学出版部)『都市環境学』(森北出版)、『健康建築学』(技報堂出版)、『民家再生の実例』(丸善)、『ZED Book』(共訳・鹿島出版会)などがある。
研究室URL:http://takaguchi.arch.waseda.ac.jp/

まずは先生の専門分野について教えてください。

 私の研究分野は、建築物の省エネルギー等の性能向上です。特に既築建築物の省エネルギー性能や耐震性の向上、都市の低炭素化などの技術や政策を主に研究しています。徹底した省エネと創エネを併せもつZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)やZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)は、技術的な問題はほぼ克服し、普及期に入ったと認識しています。これから本社が入居する自社ビルや分譲住宅では、CSR的な意味合いも含め、一気に広がっていくでしょう。
 残されたテーマは既築のビル、特にテナントビルのようなオフィスビルの性能向上をどうするかです。技術的な問題もありますが、設備更新の負担を誰がしているのか、日々の電気代を誰が支払っているのかなど、個々の事情もあり、性能向上が進んでいません。
 この問題の根幹は、技術面よりも経済的・社会制度的にあるのではないかと感じ、エンジニアリングから社会経済システムへと研究分野を広げました。研究を進めるうちに、建築物の耐震性や耐停電性、BCP策定などのレジリエンス性能も根は同じだと気がつきました。

技術が進化しても実社会で採用されないのは、コスト面以外にも何か問題があるのですか。

 建築物の性能と評価に関する情報が、ほとんど世の中にありません。もちろん専門家は分かっているかも知れませんが、入居するオフィスを決める権限がある立場の人や、一般の方が判断材料として使える情報は、ほぼありません。
 たとえば、住宅の賃貸契約を結ぶ際、その建物の築年数や駅からの近さ、最低基準である耐震基準に適合しているか否かといった情報はチラシにも書いてあります。しかし、「大地震が起きたとき、この場所に建つこの建物はどれだけ被害を受けるのか」といったリスク情報や、「年間の光熱費がどの程度になるか」といった運用時の情報は、まったくと言っていいほどなく、ほとんどの人が知らないまま入居するかどうかを判断しています。

確かにそうですね。建物のリスクといえば昨年、杭が地盤に届いていないために傾いた、横浜のマンションを思い出します。

 横浜のマンションのケースでは、杭を打ったときの情報を、別の杭の情報から切り貼りしたことが問題なっています。一般的に平地の地盤はあまり凹凸がないため「この杭と隣の杭では、あまり違いがないはず」という判断をして、欠測した際にデータを流用してしまうことがあるそうです。
 建物が2cm沈下したとされていますが、何に対して2cmなのか、正確な情報は報道されていません。また、沈下の原因が杭にあるのか、分からない状態で話が進んでいます。もう少し正確な情報に基づいて議論すべきです。
 一方、住民にとっては明日起きるかも知れない大地震に対して、この建物は本当に安全なのかどうかは切実な問題です。情報の確実性と即応性のバランスが大事で、時機に応じた対応が必要だと思います。

テレビや新聞では「情報が偽りだった」という事実と、マンションが2cm沈下した事実については何度も説明していますが、肝心の『建物のリスク』に関する情報は、確かに少ないと感じます。

 地盤がどういう状況になっているのか、どのような構造でどのような設備工事が行われたのか、周辺に活断層はないか、その活断層はどのような地震を起こす可能性があるのか等々、さまざまな情報を組み合わせて計算をしなければ、建物のリスクを明らかにすることはできません。しかし専門的な情報を出されても、一般の人々には難しすぎます。
 今回の研究の大きなテーマは、建物の耐震性や、被災した場合の復旧容易性といった『建築物のレジリエンス性能』に関する評価方法を確立し、一般の方でも判断材料として使えるインターフェイスで情報提供が行われることを目指しています。

地盤や建物の構造に加えて、設備の状態も建物の評価に入るのですか。

 いま、設備の工事費は建物全体のおよそ30%を占めています。建物の用途によっては、この数字はさらに大きくなります。地震が起こって電気系統や給水系統、排水系統、空調系統などが損傷すれば、設備そのものの被害に加えて、休業による被害が甚大になる可能性があります。そのため設備も含めたレジリエンス性能評価を行う必要があると考えています。