静岡大学 創造科学技術大学院 情報科学専攻 教授 杉浦彰彦先生インタビュー 「ワイヤレスパーソナルエリアネットワークを用いた知的環境認識の獣害対策システムへの応用」(第2回)

そのシミュレーション結果はどうだったのでしょうか。

 例えば全データを3分割して、1/3をSVMの学習用データとして、残り2/3のデータについて出現の予測を行いました。はじめに月毎のデータを3等分し、1/3のデータで学習したSVMに残り2/3のデータを入力して予測してみました。ここでの設定条件下では、正解率は約30%でした。従来の統計処理を用いた場合に比べると10%ほど正解率が向上していますが、十分な性能ではないというが現状です。
 また別の実験では、2年分の全データを2分割して、1年目を学習用データとして、2年目について出現予測するシミュレーションをしてみました。結果は正解率約15%で、まだまだ改善の必要があることがわかりました。

データを1年間毎にすると、どうして出現予測の正解率が落ちてしまうのでしょうか。

 1年目と2年目の出現回数に大きな差が見られました。そこで猿が山間部で食べる木の実などの豊作・凶作について、近隣の状況を調べてみました。すると豊作の年は、その月の農村や畑などに出現する回数は減少傾向にあることがわかりました。逆に、山間部の食物が凶作な年は、近接出現する割合が約1.59倍に増えていました。また、冷え込む年は栄養摂取効率のよい食物を取ろうとすることから、冷え込まない年に比べ、近接出現の割合は約1.32倍になっていました。山間部の気候や植生の状況が毎年変化するため、年度をまたぐ出現予測に悪影響を及ぼしていることがわかりました。
 また、集落側の追い払いや防御ネット等の対策状況(人的要因)が、年度毎に変化している場合もあり、予測の精度を落としているものと考えられます。

ところで、今回は発信機をつける猿についても再考されたとお聞きしましたが、どのようなことでしょうか。

 これまでは、セオリー通りに一つの猿の群毎に1匹の雌(母)猿に発信機をつけて、その群の動向を監視していました。母猿は、雄とは違い一匹で行動することは少なく、常に子猿や群とグループ行動することが知られているからです。しかし、現地で調査をしていると、電波が検知されていないにも関わらず、監視中の群と思われる猿が目前に出現している風景を目の当りにすることがありました。
 そこで今回の実験では、一つの群の中の6匹の子育て中の雌(母)猿に同時に発信機つけ、出現状況を調査しました。ここでは、発信器の個体番号を猿のグループ番号とし、一つの群の中を区別し出現を監視しました。

下のグラフは、発信機をつけた6匹の母猿が出現する出現累計と出現時間(猿が集落に出現している時間)をまとめたものですね。

 はい。冬場で山間部の食べ物が少ない時期は、やはり出現頻度が高く、出現時間も長いということが確認できます。また下図のように、21カ所のAPが設置されている中で、4カ所の集落に出現が集中していることもわかりました。
 ただ、6匹(group)の猿が同時に出現している回数は多くはなく、群全体で出現することの方が稀であることがわかりました。APで利用している受信機の性能を事前に調べ、6匹程度であれば同時に処理できることは確認していましたので、同時出現が稀であることは事実のようです。


これまでにない新しい知見のデータが獲られたわけですね。

 はい。必ずしも群が一緒に行動しているわけではないことがわかりました。また発信器を付けた母猿に個性があるらしく、群全体での団体行動(同時出現)が好きな猿と、自分たちだけで集落に出てくる猿がいることもわかりました。前者の猿は臆病なのか、他の猿と一緒に出現することを好んでいるらしく、同時出現の際に約60%の確率で参加しています。逆に後者の猿では約35%で、単独で出現する可能性が高いことがわかりました。このことから、被害が大きくなることが予想される同時出現について重点的に予測するためには、前者のタイプの猿に重みをもたせて監視することが重要であることがわかりました。

母猿にもそれぞれ個性があるとは、驚きです。

 性格がわかると、これを出現予測に利用できます。人間に近づくときに集団で行動する猿をマークすれば、結果として、農作物の被害を効率的にふせぐことができるでしょう。この行動特徴を学習データに加えることで、猿の出現予測シミュレーションを、より正確に向上させていきたいと考えています。また今後、猿に発信器を装着する際に、こうした猿を判別できれば、効率的に発信器を運用できると考えています。