静岡大学 創造科学技術大学院 情報科学専攻 教授 杉浦彰彦インタビュー「ワイヤレスパーソナルエリアネットワークを用いた知的環境認識の獣害対策システムへの応用」(第1回)

国土の約70%を占めているといわれるのが山地。その山地に接する田畑では、サルやシカなどの大型獣による農作物への被害が大問題になってきています。杉浦彰彦先生は、マルチメディア情報のワイヤレス伝送技術の専門家。独自の視点から、従来的見地を超えた「大型獣接近の警報システム」を開発されています。農作物被害を減らし、農業者が安心して農作物を生産できるような地域作りは、いかにして可能になるのか──杉浦先生にお話をお聞きしてきました。

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平成9年、東京大学大学院工学研究科 博士(工学)学位取得。平成2年4月、豊田工業大学工学部制御情報工学科伝送・画像研究室にて助手。平成10年7月に豊橋技術科学大学大学院の工学研究科知識情報工学専攻に講師として招聘され、平成11年8月同学助教授。平成20年4月より静岡大学創造科学技術大学院教授(情報学部・情報学研究科兼担)となり現在に至る。主な研究分野は、マルチメディア情報のワイヤレス伝送と高能率符号化、マルチメディア情報通信技術の医療と教育分野への応用。

杉浦先生の専門分野についてお教えください。

 マルチメディアを使用した情報通信です。とくに無線(ワイヤレス)回線を使用し、映像・音声などのコンテンツを圧縮して、別のコンピュータに転送したり、テレビに配信するための基礎研究を行っています。
 いまは光回線が一般家庭に普及し、たとえ大容量のデータであっても、有線なら簡単に送れるようになりました。ですがワイヤレスの場合は有線と違い、さまざまな障害が発生しやすいので、符号化技術、通信方式などについて研究を進める必要があります。
 とくに興味をもっているのは、知的環境認識ネットワークです。これは簡単に言いますと、簡素な端末が多数集まって、ネットワークを構築し通信を行なうことにより、端末自身が“知識”をもち、それをもとにネットワーク全体で“推定”を行う状態を作り出すというものです。

知的環境認識ネットワークについて、詳しくお教えください。

 高速道路で渋滞に巻き込まれた車が多数いて、それぞれ通信端末をもっているとします。渋滞時には車同士の距離が狭まくなり、車のスピードも落ちるので、通信できる端末の数が増えます。これにより、端末自身が渋滞に巻き込まれたことを認識できます。また、お互いに通信できる端末数を交換し、後方に伝えていくことにより、渋滞の長さを推定することができます。
 これを環境認識型のネットワークといいます。さらにそれぞれの端末が“知識”をもち“判断”をくだすようになってくると“知的環境認識ネットワーク”へと発展するのです。たとえば、車線数や渋滞時の平均的な車間距離などの知識を端末にもたせることで、より正確な渋滞距離を判断したり、渋滞原因を予測したりします。

それぞれの端末が“知識”をもち“判断”をくだす、というのはどういう状態でしょうか。

それぞれの端末が“知識”をもち“判断”をくだす、というのはどういう状態でしょうか。 もう一つ例を挙げて説明しましょう。小学生のランドセルに簡単な通信端末を付けそれらが親機と一定の距離に近づくと信号を発するように設定しておきます(右写真)。朝起きて通学しようとして児童がランドセルを背負うと、自動的にスイッチが入ります。通学路に出て、一人また一人と周りに友人が増え、学校に着いた頃には何百人かのネットワークができます。この通信端末自身は、映像モニターが付いていなくても、周りからの信号を受信することで“通学”という状態を認識します。

それが知識をもたせ、判断させるという意味なのですね。

 そうですね。反対に、一定時間が経っても、どの端末からの信号も受け取っていない児童というのは、どういう状態なのでしょうか。寄り道をしているのかもしれませんし、誘拐犯にさらわれたとも考えられるでしょう。いずれにせよ、よくない状況だということが分かります。周りの端末から信号を受信しない時間が一定以上続くと、アラームが自動的に鳴るようにセットしておくことで、危険を阻止できます。通信端末自身が危険を察知し、自動的にアラームを鳴らす──これが知的環境認識ネットワークの活用例です。実際に児童に350台の端末を配布し、アクセスポイント(以下APに略)150台を設置し、合計500台近いシステムを構築して実験をしました。

先生の専門のご研究が、なぜ猿害対策へとつながったのでしょうか。

 私が、知的環境認識ネットワークの研究をしていると知った県農業研究所の関係者から「小学生ではなく、日本猿の集団に応用できないか」と相談があったからです。もともと三重県は伊賀をはじめ猿が農作物を食い荒らす被害が多い地域です。
 当初、人間も猿も同じだろうという軽い気持ちでしたが、それは甘いということがすぐにわかりました。小学生の実験の場合、それぞれの通信端末はAPで容易に把握できました。学校周辺が平坦な地域であったため、理論値に近い形で検証が可能だったのです。同じような通信端末を猿につけ山間部にて実験を開始したところ、凹凸のある地盤、鬱蒼と茂った森などの障害物により、猿につけた通信端末が、計算どおりに受信できない状態が続いたのです。