国立情報学研究所情報社会相関研究系研究主幹・教授曽根原登先生インタビュー「ユビキタス情報社会における高度サービスとプライバシーの両立を実現する新たな匿名化手法と漏えい防止手法の確立」
(第1回)


たとえば、何か具体例はおありでしょうか。

  私が取り組んでいる京都市のケースをご説明しましょう。京都市からは、政策策定を目的として、担当エリア内の宿泊客数や混雑状況を知りたいという要求がありました。京都市など行政機関の政策決定では、社会調査という手法を用いています。月1回、ホテルを一軒ずつ回っては、宿泊人数を調査するといった方法をとっていました。行政は、これを元に観光客が少ない時期にイベントを開催しようという政策的な狙いがあり、そのために膨大な人手と予算をかけていたんです。そこで、私は、インターネットを用いて京都市内の地図を表示し、市内のどのホテルが満室になっていて、料金がいくらなのかがわかるというシステムを開発しました。日々、刻々とデータが入ってくるので、その時点での最新の情報が表示されているんです。

宿泊者数は実数ですか?

  いいえ、公開されている宿泊予約データを元に予測をしたものです。ですが、一軒ずつ回って紙で集めたデータとほぼ一致しています。これまで、人手と時間をかけていた作業が一瞬で表示されるようになったんです。

なるほど。スピードや手間、費用についてもこれまでのやり方とは雲泥の差ですね。ビッグデータの登場と、それを解析する方法が開発されたことによって、私たちの社会は大きな変革期を迎えていると言ってもいいのかもしれませんね。

  事実、アメリカでは、オバマ政権が2012年3月に「ビッグデータ研究開発イニシアティブ」を立ち上げました。2億ドル以上もの予算を付け、6つの連邦政府省庁および政府機関によって構成されています。膨大なデジタルデータの中から知識や見識を抽出する能力を強化することにより、自国の社会問題解決を図ろうとしているのです。また同時に、それらの技術により、情報技術で世界の市場をリードすることも狙っています。
  一方、日本ではどうかというと、震災のビッグデータを生かしきれていないという部分があるのです。

各省庁や自治体の連携不足が原因でしょうか?

  個人情報の保護と活用という社会制度や社会システムの壁も要因の一つではないかと考えています。私がそれを強く意識したのは、東日本大震災の時のことです。震災後、2ヶ月ほど経った日の新聞にがれきの中からカルテを拾い集める病院の職員さんの写真が掲載されていました。なぜ職員たちがカルテを拾い集めていたかというと、患者さんの個人情報漏洩に当たるからなんです。
  さらにとある災害用伝言板でも技術と社会の在り方について考えさせられました。これは自分の状況を写真付きで家族などに伝えられるシステムです。その発想自体はいいのですが、いざ利用しようと思うと、まず最初に長々とした利用契約文書に同意しないといけないことになっています。災害時に使う情報システムなのに、このような不便なものになってしまっているのは、やはり個人情報保護法の影響であると考えられるのです。

監視カメラについても同様のことが言えますね。監視カメラは、プライバシーの侵害だという議論がありますが、事実、監視カメラを設置すると犯罪が減っています。

  そうですね。大切なのは、何が何でもプライバシーを守るという発想ではなく、プライバシーとセキュリティのバランスを考えることだと思います。私たちは、今、情報をどのように扱い、活用していくのか、その方向性が強く問われていると言えます。