東京電機大学工学部 教授 佐々木良一先生インタビュー「安全・安心な情報社会の実現のために」

情報化社会が急速な発展をみせるなかで、最近でも、日本の世界的電機メーカーが、 約1億人分もの個人情報を流出させてしまうなど、セキュリティに対する認識の甘さが問題視さ れるようになってきました。  そこで、今回は、日本における情報セキュリティ技術研究の第一人者である佐々木良一先生 にインタビューし、セコムにて大型研究助成を行った「各種セキュリティ要素技術を統合するトータ ルセキュリティアーキテクチャ設計法の確立による安全な情報社会の実現」について詳しい内容と 研究にいたった経緯を先生に直接お聞きしました──

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工学博士。内閣官房情報セキュリティー補佐官。日立製作所にて、システム高信頼化技術、 セキュリティ技術、ネットワーク管理システム等の研究開発に従事し、ネットワーク管理システム NETMや各種セキュリティシステム等の製品化に貢献。2001年4月より東京電機大学工学 部教授。著書に『インターネットセキュリティ入門』(岩波新書)『インターネットコマース新動向と 技術』(共立出版)などがある。

先生がセキュリティ分野のご研究をスタートした理由をお聞かせください。

 いまから27年前に、日立に在籍しており、研究所の課長になったとき、何か新しい分野をやろうと決 心しました。その頃、コンピュータネットワークが重要な時代になりつつある予感がしていましたので、ネッ トワーク管理とセキュリティ対策の研究をはじめました。当時は日本全体でもセキュリティ研究者という のは20-30人ほどだったでしょうか。

いまでは考えられないほど少ないですね

 ええ。おかげさまでネットワーク管理のほうは、早い時期から製品化に貢献できましたが、セキュリティ 分野はなかなか進みません。情報セキュリティに関する製品化は、インターネットが普及し始めた90 年代前半まで待たなければなりませんでした。

しかし当時、先生のグループで開発した暗号が広く使われているようですね。

 はい。私たちのグループが開発した暗号技術に「MULTI2」というものがあります。 これはデジタル衛星放送の暗号化の日本標準となり、使用者がお金を払えば「鍵」が出てきて、復号され、正しい映像が見られる仕組みになっているのです。この技術は現在の地上デジタル放送にも採用 されており、すべてのデジタルテレビにこの暗号技術が実装されています。この採用は、セキュリティ研究を 続ける上で大変自信になりました。

インターネットが爆発的に普及した2000年前後は、どういう時期だったのでしょうか

 この時期を情報セキュリティの「第1次ターニングポイント」と呼んでいます。このころは、旧科学技術庁のホームページが書き換えられたように「おもしろ半分」の事件が多かったのです。いまは、「第2次ターニングポイント」です。明確な意図があり、攻撃が加えられているという特徴があります。たとえば、インターネットから隔絶された原子力施設などのサーバーに攻撃をかけるよう仕組まれた新種のコンピューターウイルス「スタックスネット」などもそうです。対象も国のインフラなど大きなものに移ってきています。

いまほど、安全安心な情報セキュリティの技術が求められている時期はないということですね。

 先ほどのウイルスは、USBメモリを介して、ネットから遮断されたイランの原子力施設のサーバに侵入しました。原子力施設の職員の個人のパソコンがウイルスにかかり、その個人のUSBメモリを仕事用として、施設に持ち込み、侵入を許してしまったのではないかと推定されています。  ですから、個々のパソコンや、ネットワークに対するセキュリティに関する要素技術だけでなく、要素技術を組み合わせ、組織全体として望ましいシステムを設計していくための技術の研究が重要です。私はこれをトータルセキュリティアーキテクチャー設計法(TSAP)と呼んでいます。