東北大学大学院 工学研究科 都市・建築学専攻 教授 持田灯先生インタビュー流体数値シミュレーションによる個別住宅の屋根雪危険度判定


たしかに、一目瞭然ですね。つぎに実用化についてはどのようにお考えでしょうか。

 札幌市郊外の戸建て住宅の居住者を対象にアンケート調査を、行政と設計・施工者にはヒアリング調査を実施しました。ヒアリングは下川町にて、ハウスメーカーの担当者10名と役場の担当者10名の計20名をお呼びして、どのような予測システムなら使いたくなるのか、ニーズや活用に関して意見をもらうことができました。

地域住民の方のアンケート調査の結果はどうでしたか。

「いまの住宅に屋根雪対策を行うか」という問いに対しては、対策を行いたい人が約7割で、そのうち約9割は助成を希望されています。また実際に対策を行う際の支払い額としては半分の人が「10万円程度」と答えています。これはシミュレーションに対しての金額ですから、フェンスをつけたりというのは別途になります。

行政の方の意見はどうでしたか。

「屋根雪や敷地周りの雪問題があるのは承知している。すぐに導入というわけにはいかないが、今後の展開のためにシステムの有用性を客観的に立証し、地道に実績を積み重ねていくことが期待される」という答えをいただけました。
  ちなみに北海道には「北方型住宅」という道庁が推進している基準がありますが、それは環境やエネルギー、安全や長寿命といった分野がメインで、雪への対応はありません。また現段階では許認可制ではなく、登録申請が実態となっています。従って、これだけでは、住民が積極的に雪対応をおこなうというモチベーションが高まらないと思っています。 

設計・施工者の意見はどうでしたか。

 反応が一番よかった方々です。「簡単に確実に計算できるものに仕上がれば、ぜひ使ってみたい」という声が多く聞かれました。予測技術の精度が高まれば「屋根雪」に強いということを全面に押しだし、特許をとってビジネス展開をしたいという施工業者さんもいました。アンケート結果からは「費用が抑えられれば」「自治体からの推奨があれば」という条件を含めると90%程の潜在的なニーズがあることがわかりました。

この結果を踏まえて、どのような方向性で研究を進めていかれますか。

 住民の方々に対しては、個人レベルでは正直、お金がでにくいと感じています。ですから、個人の住宅よりも「屋根雪危険度判定システム」を導入してもらいやすい大きな施設で実績を積み上げていくことで、シミュレーションの信頼性を増し、多くの人に存在を知ってもらう広報ができればと思います。
  その一つとして、旭川市中心市街地における高層市営住宅の建設計画に加えてもらいました。高層建物は風の影響を受けやすく、吹きだまりが発生しやすいこと、屋根上に雪庇ができると、歩行空間を妨げてしまうことなどが懸念されるからで、これがよい材料になりました。また、共同研究者の一人が新潟の流通センターの計画段階で本研究で開発した手法を用いたシミュレーションを行い、従来吹きだまりができていた箇所に、従来よりも高いパラペットを設置することで、その吹きだまりを大きく減退できることを示せました。

現段階まで研究を進められたなかで、一番大切な気づきとは何でしたか。

 インタビューの冒頭部分ですこしお話したように、住民の方々の心配は、自分の家が雪の重みで潰れてしまうということよりも、雪庇のようなものが周りの住宅に落ちて迷惑になるのではないかという「近隣への配慮」であることがわかりました。
  つまり、屋根がつぶれて自分たちの家族の生命にかかわるから、というような切迫したなかで死傷するのではなく、落雪事故や近隣への迷惑を防ぎたいという動機で雪下ろしを行うことが多く、その結果、尊い命を犠牲にするような事故が多発しているということになります。従って、設計段階で落雪の発生しそうな場所を予測し、これを回避するように設計変更できれば、雪下ろしの回数を大幅に減らすことができます。さらに落雪の発生が避けられない場合でも、落雪しそうな場所が特定できれば、そのような場所の近くは人が通行しないようにする、或いは、落雪しそうな場所では隣地境界との距離を充分にとるなどの対策を考えることもできます。だからこそ、建物を設計する段階で建設後の雪の積もり方を予測することが非常に重要であり、高精度なシミュレーションを作り上げたいという気持ちが高まりました。

これから助成を受け、研究を進めていかれる方へメッセージをお願いします。

 申請の段階で審査員の方々のヒアリングを受け「“研究のための研究”で終わらず、実際の社会で役立つためにはどうすればいいか」という視点で具体的なアドバイスをきめこまかく頂きました。これは学者であれば、誰でもが手薄になるところだと思います。研究を深めると同時に、その意義自体を考えられる機会を与えていただけたことに深く感謝しております。
  公的な助成のなかには、申請が通るか、通らないか、それだけのところがありますが、セコム科学技術振興財団の場合は、準備研究の段階でのクリア条件が明確に示されたり、「現在のあなたの研究に○○がプラスアルファされればOK」という具合に、財団から提案がだされ、研究者が納得できればゴーサインが出る場合があります。
  学者はともすれば独りよがりになりがちな傾向がありますが、セコム科学技術振興財団の申請は民間の助成ですから、審査が「実際に役立つかどうか」「事業化は可能かどうか」という点が厳しく審査されます。しかし、反対に考えれば、これまで着々と進めてこられた基礎研究を社会に訴えかけたり、実用化にもっていくには、大きなチャンスになると期待できると思うのです。

これからの研究のご発展を願い、インタビューを終わらせていただきます。持田先生ありがとうございました。