東北大学大学院 工学研究科 都市・建築学専攻 教授 持田灯先生インタビュー流体数値シミュレーションによる個別住宅の屋根雪危険度判定


屋根から雪がせり出して、庇のようになって、いまにも落ちそうになっている部分のことですね。

 はい。先ほども申し上げましたように、屋根に雪は同じ深さで積もるわけではありません。建物の周辺の複雑な風の流れの影響によって、風の強い所では吹き払われ、風の弱い所に積もります。この結果、雪の深さが浅いところがあれば、深いところもあるという状態になります。そして、風速、風向、建物の形状、周囲の状況によって、屋根の部分毎に、積もる量に変化が生じ、雪庇のようになってしまう箇所がでてきてしまうのです。さらに雪庇が進むと巻きだれになります。降雪量がそれほど多くなくても、部分的に雪庇や巻きだれができて、人の通る場所に落雪すれば危険ですし、お隣の敷地に落雪すれば迷惑をかけますから、雪下ろしをしなくてはいけなくなります。<下の写真の出典は、日本建築学会編”雪と建築"技報堂出版(2010)【撮影:(独)防災科学技術研究所・雪氷防災研究センター新庄支所 阿部修支所長】

雪庇や吹きだまりに対しての、現状の対策は何があるのですか。

 屋根やビルの上の危険なところに登り、人力で落とすしかありません。
  現状では、雪庇ができないように、フェンスが作られたりしていますが「Aの建物ではよかったフェンスが、Bの建物ではダメだった」というように、設置する場所や大きさによって、効果が異なっているのです。
「融雪装置があれば、いいのでは」と、都市部の人は思うかもしれませんが、設置するだけで100万円、燃料代が年間数十万円になることがあるなど金額的に大きな負担になります。また、融雪装置と屋根の形状のミスマッチにより、より危険な状況になったり、単なるエネルギーの無駄になっているケースがあります。
(下の写真はミスマッチの例)

法律ではどのような対策が行われていますか。

 建築基準法にて、屋根形状係数(地上積雪深に対する屋根上積雪深の比)で考慮しなさいと書かれてあるだけで、周辺の状況や雪庇、巻だれなどがこの係数におよぼす影響が組み入れられていません。
  そこで流体数値シミュレーション(CFD; Computational Fluid Dynamics)を用いて、さまざまな住宅の屋根に積もる雪の分布を、周辺建物の影響を含めて予測し、その危険度を事前に判定する方法「屋根雪危険度判定システム」の開発を、私達の研究目標にしました。
  この研究に入るまでに、市街地の風のながれを数値解析したり、建物周辺の複雑な風のながれにより運ばれる雪粒子の移動の数値予測手法を研究してきた実績があります。これまでは、交通障害防止等の観点から、道路上の吹きだまりの予測を行ってきましたが、今回の研究は、同じことを屋根の上の雪の分布の予測に応用しようということですので、大きなアドバンテージがあるわけです。

屋根雪危険度判定システムはどのようにして開発していかれたのですか。

 屋根雪の実測データを取得、シミュレーション結果との比較を行い、再現精度を上げていく、という方法です。まずはじめに、再現が容易と考えられる「短期間の積雪現象」を札幌市の北東部あいの里にて、フラット屋根(2階建ての無落雪住宅)を対象に行うことにしました。ここは風が強いため、短期間で顕著な屋根雪が形成されやすい場所です。最深積雪期直前の2月上旬の4日間で計測しました。
  ついで、実用化を考慮して「長期の積雪現象」を同じ北海道の上川郡下川町にて行いました。寒冷な多雪地帯として有名で雪庇や巻きだれなどが形成されやすいからです。

短期の積雪現象のシミュレーションは、実測と比較してどうでしたか。

 短期の場合、まだ手探り状態にありましたので、シミュレーションを「代表的な気象条件」のもとで行うか「各降雪イベントの積算」で行うか、どちらを採用するのかを決めかねていましたので、両方試してみることにしました。
  前者のシミュレーションは、建物モデルの分解能、乱流モデル、摩擦速度のアルゴリズム、臨界摩擦速度などを検討用の計算に用いました。これに対して後者のシミュレーションは、4日間のなかで、任意の降雪イベントを抽出、再現計算のための気象条件を整理しての方法でした。降雪イベント抽出の基準としては、屋根の上にできる「吹きだまり」に対して影響があると思われるものを目安としました。結果、「各降雪イベントの積算」を選択したほうが実測データにかなり近づくことが明らかとなりました。

長期の積雪現象のシミュレーションは、実測と比較してどうでしたか。

 下川町のアメダスの気象データをもとに「各降雪イベントの積算」で行うと、実測に近いと判明しました。その計算条件は、専門的な内容で恐縮ですが、摩擦速度を対数速度分布から単純に推定するのではなく、乱流エネルギーkも含む推定式から計算し、同時に「吹き払いあり」とした結果が最も測定結果と良く一致することがわかりました。

摩擦速度、吹き払いあり、とはどういうことでしょうか。

 摩擦速度というのは、風が地表面上を吹くことにより生じる地表と大気の間の摩擦力を速度の次元に直したものです。雪面上では、この値がある限界値を超えると、雪が吹き飛ばされる、すなわち「吹き払い」が生じると考えられます。しかし、水分を多く含んだ「ベタ雪」の場合は、この吹き払いが生じにくくなります。つまり、「吹き払いあり」とか「吹き払いなし」というのは、端的にいうと、積もった雪が「ベタ雪」か、サラサラの「粉雪」かによって、風が吹いたときに飛ばされる条件が異なるということです。
  平成25年3月3日中標津町でRV車に乗った家族が、あっという間に雪に埋まってしまう事件がありましたが、降雪だけで、数時間のうちに車高の高いRV車が雪に埋まることはありません。周りの雪原からの「吹き払い」による大量の雪が道路上に急速に溜まってしまった結果だと考えられます。

摩擦速度の大きさと吹き払いのあるなしによって、積雪の状況は大きく変化してしまうということですね。ちなみに、シミュレーションでは、どのような条件設定の変更が行えるのですか。

 建物の形状、配置や、周辺の樹木や柵の配置など様々な条件を変更した予測が可能です。今回の研究では、測定を行った下川の住宅を対象として、建物周辺に柵を設ける、2階建て住宅を1階建てに変更する、風向きに対して住宅自体の方向を変える、建物の形状を変える(2階の位置をずらず)などの検討を行いました。このようにビジュアル化することで、だれでも簡単に「屋根雪危険度判定システム」の有用性を理解できます。