横浜国立大学大学院環境情報研究院 教授 松本勉先生インタビュー「次世代IT社会に求められる新機能暗号とその性能評価」(第1回)


さきほど「暗号文に対して必要な計算を行う技術」は、その方法自体は解明されていても、まだ実現できないとおっしゃいました。それも処理量や実装技術が理由ですか?

 そうです。新機能暗号を実用可能にするためには、まずは理論設計における軽量化、そしてハードウェア設計の最適化が必要です。

ソフトウェアだけではなく、ハードウェアの設計まで行うのはなぜでしょうか。暗号文に対する検索技術にも、新機能暗号の開発とハードウェア実装技術の確立が必要とおっしゃっていましたが……。

 暗号文に対する検索技術の開発は可能ですが、実際にその技術を用いて検索を行うと、サーバのコンピュータを常に100%の力で稼働させ続ける必要があります。コンピュータは電気で動いていますから、とてつもない量のエネルギーを消費することになります。
 私たちの試算では、現在の電力効率のまま数十年後のIoT社会を迎えた場合、原子力発電所5機分のエネルギーを新たに生み出す仕組みを作らなければ、社会を支える情報ネットワークを維持できなくなってしまいます。
 膨大な電子情報を処理するとき、処理速度の高速化はソフトウェアで実現できますが、その処理動作に費やされるエネルギー量の問題は、ハードウェアの設計に触れるしかありません。ハードウェアの構造を新機能暗号に最適化することで、省エネ・高速処理・高セキュアが実現するのです。

これからIoT社会で情報セキュリティを維持していくためには、ソフトウェアのみの研究では限界があるということなのですね。ではインタビュー第1回目の最後に、このご研究のなかで最も苦労した点について教えて下さい。

 この研究を始めるにあたり、IoT社会で求められる暗号技術とはどのようなもので、どういった性能を持たせるべきか、広い視野でニーズを集めるために、さまざまな人々にヒアリングをしたり、協力を求めたりしました。
 ある程度ニーズが見えてきたころに研究の全体像を組み立てて、暗号の理論から実装チームを作り、さらに議論を重ねました。最初は専門分野の違いから、使う用語もバラバラでした。また、新機能暗号は一般的には「あらゆる場面で活用できる」と言われていましたが、ほとんど手付かずの領域だったため、実際に活用するためにはどうしたらよいのか真剣に考えても、なかなか納得できる答えが見つからず、ひじょうに難しかったです。
 しかしチームを作り、多面的な議論ができる環境を整えたことで、共通の目標を見出し、各分野で課題の発見と分析、解決のための実験や検証をしっかり行い、ここまで進めることができました。庶務的な苦労はありましたが、とてもやりがいのある研究をさせてもらい、感謝しています。


ありがとうございました。
今回は「共通鍵暗号」と「公開鍵暗号」に関する基礎を教えていただきました。
第2回のインタビューでは、ご研究の内容とこれまでの成果について、詳しくお伺いします。