東京大学 生産技術研究所 教授 川口健一先生インタビュー「真に安全安心な公共空間のための天井工法と天井の安全性評価法の開発」(第2回)

膜天井に変えることだけが、解決策ではないということですね。

 膜天井はデザイン性に優れ、さまざまな形状の天井に適しますが、断熱と防音効果は弱くなります。天井にそうした効果が求められる建物は、軽量不燃発泡複合板のような素材を使えば、熱を通さず音も吸収してくれます。建物の目的、建築家の要望などはさまざまですから、適材適所で、それぞれに合う提案がなされることが重要と思っています。

費用等の問題で天井の改修工事ができない場合は、前回お聞きした落下防止ネット以外に、対策方法はありますか。

 天井面にケーブルを放物線状に取り付け、周囲の柱や梁に留めるという方法があります。放物線状にすることで、天井全体の水平方向の動きをケーブルが抑えてくれるので、揺れ幅を軽減することができます。
  天井裏ではなく天井の表面に施すため、見た目にどうしても影響がありますが、塗料で隠したり、放物線のパターンをデザインに取り入れてかっこよく見せるなど、見栄えの改善方法もたくさんあると思います。

先生のお話を聞いていると、原状復旧や耐震工事以外に、建物の安全性を確実に高める方法がたくさんあることが分かります。それらを進めていくための法制度などはないのでしょうか。

 残念ながら、法律は悪い方向に変わりました。「この方法では、震度5の地震に天井が損傷しないようにすることしか出来ない」ということが書かれていますが、それは極端に言えば「震度6以上の地震で天井が落ちて人命が失われても仕方がない」ということであり、あまりに無責任な話です。3.11では、震度7を超えるような地震でも、建物は倒壊しませんでした。そのような建物の中でも天井が人を傷つけることが無いようにすること、これが今、一番求められていることなのです。
  そこで、私がリーダーを務めさせていただいている「非構造材の安全性評価及び落下事故防止に関する特別委員会」で、昨年の3月に「天井等の非構造材の落下事故防止ガイドライン」を作りました。これは大手ゼネコンや設計会社の方々、大学の研究者と一緒に研究を進めてまとめたものです。日本建築学会のホール天井の改修も、このガイドラインに沿って行われました。この内容をさらに精査し、来年早々には建築学会の指針として出版物を出す予定です。

その指針には、どのようなことが書かれているのですか。

 新築や改修、復旧の進め方について説明しています。大きな特徴は、第一に人命保護を掲げていることです。次に軽量化や安全性評価などを挙げ、地震における損傷制御については各論的に少し入っているだけです。
  この指針はいずれ英語に訳して、海外に発信したいと思っています。富士水泳場や笹子トンネルの天井が落ちた昨年、ロンドンのアポロ劇場でも、上演中に突然天井が落下して80人の負傷者を出すという事故が起こりました。地震と関係のない天井の落下は、日本だけはなく世界中で起こっているのです。

海外では、天井の落下について警鐘を鳴らしている方はいないのですか。

 ニュージーランドやアメリカ西海岸などの地震の多い地域でも、最近になって、天井落下の問題が取り上げられるようになりました。しかし、どの国や地域でも「地震に強くする」という考えのままです。
  地震は天井落下の一因にすぎません。地震がなくても天井落下は起こるという事実を認識して事故防止の研究に取り組んでいるのは、残念ながら、まだ私の研究室しかありません。しかし研究内容を説明すると多くの方々が納得してくださるので、どんどん発信していきたいと思っています。

日本のように地震が多い国だけでなく、すべての国にとって天井落下災害の軽減は必要であるということですね。それでは最後に、今後の方向性や思いについてお教え下さい。

 日本は災害先進国、そして課題先進国といわれています。高い技術を持つ一方で、台風や地震などの自然災害が多く、さらに少子高齢化や原子力問題といった、他の先進諸国が抱えている社会問題が先行して発生しています。
  地震が多い国であるため、とくに天井落下災害については、他の国々よりも早くに問題意識を持つに至りました。軽くて柔らかい天井への改修や、改修ができない場合のフェイルセーフの方法など、この課題の解決方法を確立することは、日本だけではなく、世界中で役立つ方法になるはずです。
  日本建築学会の指針づくりは、今回セコムさんから助成をいただいている研究の中で一番大きな目標です。おかげさまで順調に進んでいます。まずは、指針を出版し、その考え方を日本に浸透させ、今後はこの指針を英訳して、世界に向けて発信することが、私たちの責務だと感じています。

地震対策ばかりではなく、建物の天井が人にとって安全なものであることの重要性が、とてもよく分かりました。長時間のインタビューにお答えいただき、誠にありがとうございました。