東京大学 生産技術研究所 教授 川口健一先生インタビュー「真に安全安心な公共空間のための天井工法と天井の安全性評価法の開発」(第2回)

公共施設といえば、昨年7月に天井が崩落した静岡県の富士水泳場の天井についても、先生は関わっておられます。

 はい。幅5m、長さ60m、重さ3tもある石膏ボードの天井が突然落下したため、その原因究明から取りかかりました。
  当時はテレビ局から意見を求められることも度々あり、ある局がヘリコプターカメラで天井付近を撮影した映像を見たのですが、結露や雨漏り、錆などは確認できませんでした。そこでプールサイドに落ちていた金属片を調べてみたところ、一般的な吊り天井で使用されているクリップが、変形して落ちていました。

クリップとは何ですか。

 吊り天井を支えているのは、屋根の鉄骨から降りている金属製のボルトです。天井材とボルトを繋いでいる金具がクリップです。

 
  クリップのジョイント部分は指で曲げることが可能で、容易に手で取り付けることができます。しかし横方向の力が繰り返し加わると、比較的簡単にジョイント部分が開いてしまうのです。
  富士水泳場の天井が落ちた7月は、とても暑い日が長く続いていました。そのため建物の骨組みが伸び縮みしてクリップに変形が生じ、天井が落下したと考えています。国交省は短い調査の後で3.11直後に発生した富士宮地震の影響だと決めつけましたが、何でも地震のせいにしてしまって、それ以上考えようとしないことが習慣化してしまっているようです。その説明では「地震がなかったその日に、なぜ突然落ちたのか」という答えにはなりません。

夏の猛暑が、プールの天井が落ちる原因になるのですか。

 プールに限らず、大きな建物は熱で膨張したり縮んだりします。それを繰り返すことで、クリップが外れる可能性はあります。
  今年の夏、天井が一日でどれだけ動いているのかを知るため、測定器を設置しました。しかしこの測定は事故復旧の合間を縫って行ったため、正確な値がとれていません。得られたデータをもとに計算すると、ボルトと天井の間に、離れたり近寄ったりする1㎝程度の上下の動きがあるという結果が出ましたが、あくまで計算上の数字であり、最終的な結論には至っていません。
  それでも「2年前に起こった地震の影響がたまたまその日に現れた」という話よりは、「暑い日が続いたので建物がわずかに伸縮し、クリップが外れた」という仮説の方が、説得力があると思っています。

同感です。しかし、クリップが変形していないかどうか、定期的な点検等はされていなかったのでしょうか。

 点検は3月に行われたそうですが、近くの足場から天井の表面を目視するだけで、クリップがある天井裏は見なかったとのことです。天井裏はアプローチが大変悪く、仕方の無いことだと思います。一般には目視で広大な天井のすべての損傷を確認することは困難です。確認や点検の要らない方法を考えなければなりません。

人命に関わる大事故の恐れがあるのに、目視点検では確実な防止はできないということですね。富士水泳場は軽くて柔らかい膜天井になるということでしたが、設計は先生が行っているのですか。

 設計はしていませんが、富士水泳場は屋根が曲面になっているので、それに適した工法等のアドバイスを静岡県や業者に行っています。天井落下の原因究明から復旧工事まで、一通り関わっているケースです。

それ以外にも、先生が改修に関わった施設はありますか。

 最近では、日本建築学会のホールで、今年の8月から9月にかけて天井の改修が行われました。これは関係者全員で知恵を絞りました。
 以前は吊り天井だったのですが、人命保護を最優先に考え、屋根部分の鉄骨にぶどう棚(天井付近に照明や設備を取り付けるための格子棚)を直に取り付けるという構造に変更し、建物鉄骨と一体化した天井下地にしました。
また、以前は石膏ボードを使っていたのですが、軽量化するため、軽量不燃発泡複合板という素材を国内で初めて天井材として使用しました。

それは、新しく開発された素材ですか。

 天井板に用いたのは初めてですが、素材そのものは以前からあったそうです。私が天井を軽く、柔らかくするべきだと提唱し続けているので、民間企業から「この素材が天井に使えるのではないか」というご提案をいただくことがあります。軽量不燃発泡複合板は、そのうちの一つです。

石膏ボードの天井と比べて、どれほど軽くなったのでしょうか。

 石膏ボードの天井は1㎡あたりの重さが12.7㎏もあるのですが、軽量不燃発泡複合板の天井は5.8㎏です。さらにホールと同じ高さから、ダミーヘッドに向けて落とす落下実験も行いました。結果2000ニュートンを下回ったので、万が一天井が落ちても、人命に与える危害が少ないことが確認されました。

しかし軽いからといって、落ちても良いというわけではありません。そこでスチールテープという薄い金属テープで天井材を固定し、万が一天井材がぶどう棚から外れてしまっても、落下しないように対策を施しました。

 さらに、以前は天井に蛍光灯を取り付けていたのですが、すべて軽量のLEDに一新し、ぶどう棚にはめ込みました。つまり、照明器具も吊り下げていない状態です。軽いだけではなく、徹底的に安全を追求した天井であることが、大きなポイントですね。