九州大学 大学院人間環境学研究院 都市・建築学部門 教授 堀賀貴先生インタビュー「古代ローマ帝国の防災・防犯マネジメント」(第1回)


1階の高さが揃っていたのならわかりますが、2階の高さが揃うというのは理解できません。

 洪水の際の避難所として機能していたのではないかとみています。
 オスティアのすぐそばにあるテヴェレ川が数年に一度氾濫を起こしていたようです。
 また、洪水が起こるたびに、がれきが都市中を覆うため、それを除去するのではなく、そのまま道路を「かさ上げ」していたことがわかっています。

 画像は、オスティアのかさ上げ跡です。道路の下から、模様のある床が発掘されました。また、画像奥の穴は、埋蔵された汚水処理のための下水管跡です。
 一旦雨などが降ると、住宅の1階部分はかさ上げした道路から土砂や水が、流れ込んでくるので、実質は機能していなかったと思われます。
 よって、2階部分が現代のリビングのような住宅のメインの場所であり、避難場所となっていた、とみています。2階まで、下水管が通っていたことも確認しました。
 しかし、こうしてかさ上げを繰り返していたオスティアは、ある日突然、見捨てられることになります。1階が機能しない街からは、都市としての魅力、活気が失われてしまったのでしょうね。

たしかに、東日本大震災の復興作業においても、漁師町を「かさ上げ」した結果、海の様子がわからなくなり、町の魅力を失っていると聞きます。こうしたことは、遺跡をマクロの視点から調査しないと見えない研究結果ですね。

 他にも、ポンペイでは若干でしたが見受けられた「類似施設が集中して立地している」、現代でいう都市設計ゾーニングが、オスティアでは全く見受けられませんでした。
 現代都市では、物流施設・歓楽街・住宅など種類ごとにゾーニングすることによって効率化を図っていますが、それに伴って地区ごとに治安の格差が生じてしまいます。
 しかし、古代ローマには、現代でいうスラム街は存在しませんでした。倉庫の横に住宅街があったり、レストランや浴場などの大衆施設が一カ所ではなく、無作為に散らばっていたりするのです。
 このことから、意図的に街をゾーニングしないことにより、自然な衆人監視システムが築かれ、効果的な防犯が可能になっていたのではと考えられるのです。

これからも、オスティアの防犯システムの路線で調査を進めていかれるのですか。

 はい。オスティアについては、地下空間についても調査を進めようと考えています。
 コロッセオや浴場には、地下で奴隷が機材を操作したり、窯を炊くための地下空間が存在しました。
 これらの地下空間が、住宅が建造される前から作られたものなのか、後から作られたものなのかがわかれば、どのような意図でもって作られたのかが判明します
 前から作られたものなら「あらかじめ奴隷用の空間」として設計された可能性がありますし、後からなら先ほど述べた「道路のかさ上げ」によって、もともとの1階部分が地下室になったと考えられるからです。
 また、オスティアについては、この時系列を調べるとともに、レーザースキャナーによって遺跡全体をデータ化したものを、3Dプリンタを使って一つひとつの建物や道路の模型を、数十分の一のスケールで、出力しています。
 写真は、神殿の出力サンプルです。
 当時の素材にできるだけ近いもので出力し、色をつけることによって、まだ世界では製作されていない、極めて精巧な都市全体の模型を復元する予定です。全ての復元に成功すれば、イタリアの博物館で展示してもらう予定です。
 これは世界史を研究する上でも、貴重な資料のひとつとなるでしょう。

この模型を作ることによって、これからどのようなことが明かになるでしょうか。

 薄暗い場所であれば、犯罪率が高まる──というように、都市単位での復元により、建築物の採光条件などから、古代ローマ人たちの生活実態や習慣などをシミュレーションすることができます。
 正確なデータに基づくシミュレーションを合わせて研究することで、彼らが考えていた犯罪防止のための思想により接近できるはずです。これが現代の防犯にも役立つのではないかと、期待しています。

最後にこれから助成を受け、研究を進めていかれる方へメッセージをお願いします。

 今回私がセコム科学技術振興財団様での、初の文系研究ということで、非常に責任感を感じております。
 これまでのセコム助成研究は、純粋な科学研究が中心でした。文系研究の先駆けとなり、科学以外からも視野を広げて防犯を考えていけるように、確実に成果を出したいと考えています。

長時間のインタビューにご協力いただき、ありがとうございました。