北陸先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 教授 赤木正人先生インタビュー「災害時に必要な情報を音声により確実に伝える」インテリジェント避難誘導音声呈示システムの研究開発(第1回)

 ナレーション音声は、その広範囲に情報を伝えることができる利便性から、コンサート会場、公共交通機関など、世界中の至るところで使われています。しかし東日本大震災被災地をはじめとする、刻々と変化する災害現場においては、雑音などによって「音声アナウンスが聞こえず、適切な避難誘導ができない」事例が少なからず発生します。
 より安全で効率的な避難誘導システムが求められるなか、音声アナウンスの新たな可能性について、北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授の赤木正人先生にお話を伺います。



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1984年東京工業大学大学院にて、工学博士の学位取得。同年、日本電信電話公社武蔵野電気通信研究所(現NTT)に研究員として入社、主任研究員となる。国際電気通信基礎技術研究所(ATR)に出向し、1988年ATR視聴覚機構研究所主任研究員、1990年NTT基礎研究所主任研究員。1992年北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科助教授を経て、1999年同大学教授となり、現在に至る。
研究室URL:http://www.jaist.ac.jp/~akagi/

まずは、今回の助成研究に取り組まれたキッカケについて教えてください。

 災害時に適切な避難誘導を行うことは、災害被害を最小限にする意味において、言うまでもなく重要です。音声アナウンスによって避難誘導をすることのメリットは大きく分けて2つあります。
 誘導サインを視覚で確認できなくとも有効であること、一度にたくさんの人に誘導指示を与えられることです。駅のホームやコンサート会場など、各所で使われていますが、現状では問題点を多数含んでいます。

音声アナウンスによる避難誘導の問題点とは、被災者が騒いだりして「雑音」が非常に多くなり聞こえづらくなる、などでしょうか。

 その通りです。災害自体および避難者らが発する多くの音が集まり「雑音」となり、アナウンス音声の音声了解度(単語や文章が正確に伝わっているかを示す単位)が著しく低下します。また、雑音だけでなく、残響の問題もあります。

残響は「伝えたい音声が多少変化しただけ」という認識なので、問題になるというイメージがありません。

 残響を甘く見てはいけません。
 比較的小さな残響でも、さまざまな音や声が集まれば声が歪んで了解度が悪くなります。学校の音楽室の壁に穴があいているのは、ほんのすこしの残響でも残さないようにしているためです。さらに長い残響がおこる大型ドームなどのコンサートで、ボーカルの声が聞こえにくくなるのはこのためであることが多いです。
 トンネル内、地下構内など声が響きやすい、広い建物空間などの場合を想定すると、通常の会議室(残響時間が1秒未満)の環境とは比較にならないほどの長い残響(残響時間が10秒以上)によってアナウンス音声が大きく歪んでしまうのです。
 
 

雑音と残響、これら2つが交わった「高雑音残響環境下」で、あらかじめ録音された音声アナウンスによる災害時避難誘導が有効に機能することは、ほとんど期待できないということでしょうか。

 残念ながらそう言わざるを得ません。
 私は、これらの問題を解決するために、高雑音残響環境下の音声コミュニケーションにおいて、ヒトが普段無意識のうちに行っている優れた能力に着目しました。
 それがロンバード効果と、パラ言語情報の付加です。

ロンバード効果、パラ言語情報の付加という言葉を初めてお聞きしました。

 順に説明していきましょう。まずロンバード効果についてお話します。たとえば、騒がしい居酒屋で友人と会話するときに、声が大きく甲高くなりますよね。これが、ロンバード効果です。
 ヒトは、自身が発した音声を雑音・残響とともに自らの耳で聞き、その聞こえ方をフィードバック情報として利用することで、より自身にとって聞こえやすい音声となるように、無意識のうちに発話を適応的に制御しているのです。  
 そして、ロンバード効果が起こると音声了解度は高くなります。

電車の車掌さんの車中アナウンスは独特のものがありますが、これもロンバード効果の一つと考えてよいのでしょうか。

 はい。普通の声で話すと、電車の音にかき消されて乗客に聞こえづらいので、少し大きく甲高くして聞こえやすいように工夫をし、それが受け継がれているのだと思います。