古井貞熙名誉教授(東京工業大学グローバルリーダー教育院・特任教授、豊田工業大学シカゴ校・学長)大川賞受賞記念インタビュー「コンピュータによる音声認識・理解手法の先駆的研究」


2番目は何ですか。

「何でも引き受ける」。研究者というものは、やるべきかやらざるべきか判断できないという場面によく遭遇します。たとえば、私の場合は、国際学会の会長をやってくださいと頼まれたりしました。そこで「ぜったい無理だ」と自ら決めつけず「誰かが助けてくれるだろう」ぐらいに思い、引き受けました。

3番目は何ですか。

「いらないものはどんどん捨てる」。発表された論文や、仲間からもらった専門書などすべてに目を通し保存していたら、自分の研究ができなくなります。たくさんため込んだ紙やデータなどの情報で、何が必要かいらないかを見極め、いらないと判断すれば、思い切って捨ててしまいましょう。私の場合は、その日、または翌日にはゴミ箱にいくか、ファイルに残すかどちらかにしています。「捨てるのが怖い」という人がいるようですが、そんなことはありません。世の中には奇特な人がいて、自分が必要だと思うものは、誰かがもっています。聞けばどこかから出てきます。ウエッブで検索すればたいてい手に入りますね。

先生の机の上を見ると、キレイに整理整頓されています。

  いっぱい書類が積み上がっていて、そのなかから発見できるという能力のある人には、頭が下がります。感心しますよ。私の場合はできないので、つねに研究のために頭のなかを単純化しておくためにも、整理整頓を心がけています。

科学者はいかにあるべきでしょうか。

  科学者だから特別なことをすべきとは思っていません。その前にまず、善良な市民であるべきです。科学者だからこうしよう、と思ったことはほとんどありません。いつだれに見られても困らないような行いをすることが大切だと思っています。私を求めている人がいたら、できるだけ早く答えてあげたいと思っています。ですから、私は学生からのメールなどにも24時間以内に返事をするように心がけています。

研究者として独創的な視点はどのようにすれば持てますか。

  じつは、専門の研究ばかりしていてはダメだと思っています。さきほど申し上げましたように、身の回りを整理整頓しておくなど、当たり前のことをきちんとやる。そして、学会だけでなく飲み会など一見関係なさそうな場にも積極的にでかけ、できるだけいろんな種類の人に会うことでしょう。ニュートンは、ボーッとリンゴを見ているとき重力を発見したといわれています。レントゲンも偶然X線を発見しました。最近ではセレンディピティ(serendipity)とかいいますけど、研究活動をしている時以外に、思いがけない大発見をすることもありますよ。

今後はどのような方向性で活動されていく予定ですか。

  いまアメリカの大学の学長をしており、1ケ月を単位としてアメリカ1週間、日本3週間という生活をしています。向こうでは、学生と先生の距離が近く、直接話ができる機会も多いです。海外と日本の大学を比べると、教育方法、研究環境やアプローチ法など、それぞれにいいところがありますから、両方を活かし活動をしていきたいです。とくに、日本の研究者が世界で活躍できるような下地をつくりたいですね。それにはアジアを含めた国際的な情報交換が大切です。2009年には、アジア太平洋地域を対象にした信号情報処理学会というものを立ち上げました。スタートから会長になり、任期3年がちょうどおわりました。どのような形であれ、国際貢献をしていければ嬉しいですね。

最後にセコム科学技術振興財団に対して要望やメッセージがあればお願いします。

  諸外国に比べて日本はもともと意識の高い国だと思いますが、すべての生活の基本に、安全安心というテーマがあると思います。この面でのセコム科学技術振興財団の社会貢献にはすばらしいものがあります。及ばずながら、私のような者でもお手伝いできることがあれば、これからも積極的に関わっていきたいと願っています。
  毎年たくさんの助成申請をいただきますが、これらの研究に対しては、審査委員の一人として、可否を述べるだけでなく、「どういう方向に研究を進めていけば、実現可能性が高まるか」という第三者の意見を含めてアドバイスするよう意識しています。
  ただし最近は「もしかしたら自分の審査は厳しすぎるかも」と疑問になる部分も少々あります。実現可能性の高いものしか通していないかもしれません。ですからこれからは、一見、実現不可能かもしれないが、うまくいけば社会が大きく前進する可能性があるものを後押ししていけたらと願っています。また、一件あたりの助成金額を多少下げたとしても、もうすこし広くサポートしてもいいのではないかとも考えています。

お忙しい中、インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。

※本文中で使用した図版は「人と対話するコンピュータを創っています~音声認識の最前線~」(角川学芸出版)から引用しています。