インテリジェントインソールによる
変形性膝関節症の発症予防と早期介入
荻原 直道 先生

東京大学 大学院 理学系研究科 生物科学専攻 教授

助成期間: 令和6年度〜 キーワード:歩行分析 歩行シミュレーション バイオメカンクス 研究室ホームページ

2000年6月に慶應義塾大学大学院理工学研究科生体医工学専攻後期博士課程を単位取得退学、同年9月に博士(工学)(慶應義塾大学)取得。2000年から2009年まで京都大学大学院理学研究科生物科学専攻助手・助教を務めたのち、2009年より慶應義塾大学理工学部機械工学科にて専任講師、准教授、教授を歴任。2018年より現職。

まず、現在取り組まれているご研究の背景を教えていただけますか。

「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」という言葉をご存知でしょうか。ロコモは「加齢や障害によって運動器の機能が低下した状態」を指し、高齢化の進む日本では、ロコモの予防や早期対策が大きな社会課題とされています。

ロコモの患者数は現在、予備軍を含め約4,700万人と推計されています。特に多く見られる症状が「膝の痛み」で、女性では60代で60%、男性では70代で50%もの方に膝痛が生じるとされています。進行すれば歩行困難、そして寝たきりにつながるため、健康寿命を脅かす大きなリスクの一つと言えるでしょう。

そこで本研究では、ロコモの代表的疾患である変形性膝関節症(Knee Osteoarthritis、KOA)に着目しました。KOAは、膝の関節でクッションの役割を果たしている軟骨がすり減り、大腿骨と脛骨が直接ぶつかることで、痛みや関節の変形を引き起こす疾患です。一度すり減った軟骨は基本的に再生しないと考えられているため、現状の医療では対症療法で痛みを抑えて進行を遅らせ、最終的には手術で人工関節に置き換えるしか手がありません。

そのご研究が未来のKOA治療をどう変えていくのか、着想と狙いをお聞かせください。

多くの患者さんはKOAが悪化して初めて痛みなどの自覚症状を覚え、病院を受診されます。そのため、発症前の段階や進行過程を追跡することが難しく、KOAの発症プロセスは明らかになっていません。

しかし、もし痛みが出る前の段階で予兆となる「バイオマーカー」を検出して、膝のレジリエンス(回復力)に働きかけることができれば、KOAを予防したり、発症を抑えたりすることが可能かもしれないと考えました。

お話しした通り「一度損傷した軟骨は再生しない」というのが一般的な考え方ですが、近年「初期のKOAであれば、軟骨の自己修復が期待できる」という説も提唱されています。これまで捉えられなかった初期のバイオマーカーをごく早い段階で発見できるようになれば、膝のレジリエンスを引き出し、軟骨の回復さえも期待できる未来がやってくるかもしれません。

この考えのもと、私たちは、KOAの発症初期のバイオマーカーを検出するシステムと、膝のレジリエンスを強める「インテリジェントインソール」の開発を行っています。

膝関節機能の低下を早期に捉えるバイオマーカーを検出して発症メカニズムを解明したうえで、日常生活の中でKOA発症リスクを低減することを目指す

初期KOAのバイオマーカーを同定するため、どのようなアプローチをされたのですか。

KOAは痛みを覚える前の自覚症状がありませんが、高齢になると一定の割合でKOAを発症するという事実があります。それなら、ある程度ご年配の方や初期のKOA患者さんの歩行時の「膝の動き」を詳細に調べることで、発症の兆候を示す何らかのバイオマーカーを検出できるのではないかと考えました。

膝の主たる動きは屈伸ですが、単なる一軸の回転ではなく、もう少し複雑に動いています。そこで、小型センサーを膝の上下2箇所に取り付け、歩行時の並進の加速度と角速度を高精度に測定したうえで、ヘリカル軸法(物体運動を、一軸回転とそれに沿った平行移動の組み合わせとして解析する手法)を用いて膝の不安定性を定量化しました。このシステムを用いて、健常な若者、年齢的にKOA予備軍と思われる50歳前後の方、そして初期のKOA患者さんを対象に歩行実験を行いました。

計測に使用した小型センサー。将来、多くの方に手軽に使っていただくことを想定して、計測の正確さだけでなく、簡便さも重視した

結果はいかがでしたか。

若者ほど膝の動きが複雑でヘリカル軸(回転と平行移動の軸)のばらつきが大きく、初期のKOA患者さんほどヘリカル軸のばらつきが小さくなるという傾向が見られました。つまり、KOAの初期症状として「関節の動きが単調化する」ことが明らかになったのです。

もともと膝関節には、伸ばした際にわずかにねじれる「Screw home movement」という運動要素があります。今回の研究で、健康な膝ほど歩行の際に内側に向かうねじれ(内旋)が大きく、KOAの予備軍になるとねじれの程度が小さくなっていく傾向があることが分かってきました。これが、本プロジェクトで得られた最初の大きな成果です。

ピンクの線は歩行時の膝のヘリカル軸を表し、そのばらつきが大きいほど膝が複雑に動いていることを意味する