胎児組織研究に伴う倫理的課題に関する学際的研究―文献/実態調査と指針作成─
藤田 みさお 先生

京都大学 iPS細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定教授

文献調査以外に、何か調査を実施される予定はありますか?

海外において胎児組織研究に携わる関係者を訪問し、詳しい聞き取り調査を行うとともに、現場で実際に用いられる資料の収集にあたりたいと考えています。

具体的には、主に欧米の胎児組織バンクなどをサイトビジットし、胎児組織の収集・保存・分配・利用の実態や、組織提供の説明・同意文書の内容や同意の取得方法、また中絶を予定している女性から組織の提供同意を得る際に、配慮すべき事項やケアなどについて調べる予定です。

調査を行ったり、国際会議に参加する中で、様々な発見があったことと思います。驚いたことや新たに気づかれた課題などはありますか?

中絶が女性の権利と認識されている海外では、胎児組織の提供を受ける際にも女性の同意のみを想定していることが多いです。これに対し、日本の場合、中絶には配偶者の同意も法律上必要とされています。配偶者同意が必要という日本のルールには、問題があるとは思いますが、中絶の同意を男女から得る場合、組織提供の同意は女性のみからでよいとする明確な根拠はありません。

また、研究の内容次第では、胎児組織から親である男女のゲノム情報を解析することもあります。両者の個人情報に該当するようなゲノム情報を扱う場合には、日本の研究指針上、利用目的を特定した上で、男女から同意を得ることが原則となります。ですので、カップルの関係性を考慮した上で、男性からのインフォームド・コンセントの取得についても検討する必要があるのではないかと考えるようになりました。

また、国内における中絶胎児の取り扱いについて調べていたときに、「胞衣(えな)条例」の存在に行き当たりました。これは胞衣(胎盤や胎児を包む卵膜)を回収・処理する業者の許可または届け出や、処理施設の設置条件について定めた条例なのですが、地域によって胞衣の定義や処分方法などが少しずつ異なります。そのため、胎児組織の提供施設と研究施設が異なる地域にある場合、それぞれの自治体の条例の有無や、内容を確認する必要があります。そうした地域差が、日本に古くから伝わる「胞衣納め(出産後、胞衣を壺などに大切に納め、縁起の良い日や方角を選んで、地中などに埋める慣習 )」と呼ばれる慣習に由来するらしいと分かったことは、新鮮な驚きでした。

これに加え、哲学・倫理学分野の先行研究を調査する中で、中絶に関する是非と胎児組織の研究利用に関する是非とは、必ずしも論理的につながっていないことが確認できました。中絶に反対する一方で、胎児組織を利用した研究には賛成するという議論もあれば、胎児組織の研究利用は認められないが、中絶は女性の権利として認めるべきという議論も見られました。

全国の胞衣条例の中で、胞衣の研究利用について言及しているのは、東京都と京都府のみ。しかし、条例が設けられた時代から判断するに、先端的研究に用いることは想定されていない

胎児組織の扱いに関しては、国や地域によって違いがあり、個人の考え方も非常に多様なのですね。

はい。国際幹細胞学会が作成した説明内容の基準のように、どの国や地域にもある程度当てはまるものと、本研究で取り組んでいるような日本に特化したもの。指針の作成にあたっては、両者を考慮しながら進めていかなくてはならないと改めて実感しました。

また、古くから存在する法律やルールの中には、現在の急速な科学の進展を想定していないものもあります。複数のルール間で、一見、整合性に欠けているように見えるものもあります。ですので、多様な法律やルールを参照しながら整理した上で、指針を作成したいと考えています。

多くの法律やルールを確認するだけでなく、様々な心理・社会的要因について配慮しなくてはならないので、考えをまとめることが難しく、時間はかかりますが、調査や研究はとても楽しいです。複雑な課題が整理され、それまでわからなかったことや見えなかったものがクリアに見えるようになる瞬間ほど、嬉しいことはありません。

最後に、特定領域研究助成に応募されたきっかけと感想を教えてください。

ASHBiに着任した際に、そこで行われる研究と関連の深いテーマに取り組みたいと考え、申請を決意しました。以前から、セコム科学技術振興事業財団がELSI研究に大型の助成を行っていることは知っていましたし、iPS細胞研究所の同僚だった八代嘉美先生が助成を受けていたため、身近に感じていたのです。

非常に手厚い助成ですし、達成すべきノルマや厳密なロードマップなどがなく、研究の自由を最大限尊重していただけることが、とても有難いです。また、私が取り組んでいるテーマには、現地調査を行うための旅費や会議費が必須で、生命倫理の分野にしては比較的大型のコストが発生するのですが、研究に必要な費用であれば認めてもらえるため、助かっています。

研究成果について報告した際は、領域代表者の小林傳司先生や、選考員の黒田玲子先生から、大変参考になる助言をいただきました。私の研究に関心を持ってくださり、興味深く報告を聞いて下さっていると感じられて、非常に心強かったです。

多くの学際的メンバーで取り組む研究は、異文化交流でもあり、思いがけない発見がある。そのため本助成制度の柔軟さを、とてもありがたく感じている

胎児組織研究を進めるにあたっては検討すべき事項が多くありますが、明確な指針ができることを願っております。お忙しい中、長時間のインタビューにご対応くださり、ありがとうございました。