胎児組織研究に伴う倫理的課題に関する学際的研究―文献/実態調査と指針作成─
藤田 みさお 先生

京都大学 iPS細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定教授

それでは、どのようにして研究を進められていったのか、詳しく教えてください。

まず、国内外の先行研究などを網羅的に確認し、胎児組織の研究利用に関する国内外の法規制やガイドライン、哲学的・倫理的・法的な議論、胎児組織研究の変遷や現状、また中絶を経験する女性の心理・社会的背景に関する研究などについて調査しました。

その結果、胎児組織研究をめぐる近年の動向を把握するとともに、研究に取り組む際に、検討または遵守すべき一般的な原則をある程度抽出することができました。具体的には、「女性の自発的意思の尊重」や「金銭授受の禁止」は言うまでもなく、「中絶の決定と胎児組織提供の決定とを分離し、前者の決定が後者に先行しなくてはならない」、「研究に関与する者は中絶に関与してはいけない」、「女性への医療ケアは常に優先させなければならない」 などが挙げられます。

調査内容が多岐に渡っていますが、先生お一人で調べられたのでしょうか?

内閣府や厚労省などの委員会でガイドライン作成を議論するときのように、学際的研究グループを結成して調査・研究に取り組みました。生命倫理学の研究者である私に加えて、胎児組織を用いた研究を実際に行う発生生物学を専門とする科学者や、哲学や法学を専門とする人文・社会科学系の研究者に参加していただき、総勢10名で調査・研究を進めています。

定期的に研究会を開催し、各自の専門的知見や調査結果を共有したり、現時点で積み残されている課題を抽出したりして、議論を行いました。

研究グループには、実際に胎児組織を用いた研究に取り組む研究者も参加。胎児組織の研究利用の科学的意義や、研究を進める上での諸問題などについて説明してもらった

これに加え、国内の規制に関するこれまでの議論に関して、専門家にご講演いただいたり、国内で中絶に携わる産婦人科医より臨床現場の様子を詳しくお聞きしました。また、海外における胎児組織研究の実際や規制、バイオバンクの概要については、アメリカやイギリス、オランダの研究者を招聘し、シンポジウムを開催したりしました。

シンポジウムのポスター

先生が調査を担当されたテーマについて、教えてください。

2000年以降に出版された国内の実証研究をレビューし、中絶する女性の意思決定や精神的負担およびニーズ、中絶を行う医療従事者や医療機関の現状、パートナーや周囲との関係性などについて調査しました。中絶は女性にとって重大な決断であり、そこで女性に組織提供をお願いすることになる訳ですから、適切な配慮や対応を検討する上では、女性の体験や置かれている状況をできるだけ具体的に知る必要があると考えたからです。

なお、2021年9月から国際幹細胞学会(International Society for Stem Cell Research)が、インフォームド・コンセントの際に胎児組織の提供者が説明を受けるべき内容の基準を作成していたのですが、私はそのタスク・フォースに参画しました。そこでの議論に本研究で得られた知見を反映させることができましたし、学会を通して最新の国際的動向を把握し、今度は研究会での議論に反映させたいと考えています。また、学会で作製した説明内容の基準を本研究グループで邦訳しているところです。