マニフォールド粒子法が拓く複合災害推移の予見技術とリアルタイム性獲得への知能化
浅井 光輝 先生

九州大学 大学院 工学研究院 附属アジア防災研究センター 教授

それでは、もう一つのテーマである「機械学習を用いたエミュレータの開発」について教えてください。

先ほど述べたように、複合災害の被害予測を目的としたシミュレーションでは、高精度な計算を膨大に行う必要があります。 そのため、スーパーコンピュータを活用しても、多大な時間を要することが珍しくありません。

そこで着目したのが、機械学習を活用したエミュレータです。「エミュレータ」とは、あるシステムや装置の挙動(動作)を、別のシステムや装置で模倣することで、オリジナルの結果を再現する技術です。

数値解析技術を土台にしたシミュレーションの入力と出力データを機械学習に学ばせて、エミュレータでそのパターンや規則性を模倣する。これにより、新しい条件に対する結果の予測が可能になります。精緻な計算を毎回実行する必要がないため、出力に要する時間を大幅に短縮できます。 

しかし、数値解析技術を機械学習に置き換える場合、2つの難点があります。

ひとつは、複合災害のように学習データが不足している事象に関しては、予測や予測精度の改善が困難です。いわゆる「外挿性の欠如」と呼ばれる状態です。

もうひとつが、「説明可能性の欠如」です。機械学習が導き出した結果に対して、人間はその根拠となるプロセスを理解し、説明することはほぼ不可能です。これが大きな障害になっています。

機械学習の予測が「間違いであった」ことが判明しても、その間違いの原因を検証できないため、改善も困難であるということでしょうか。

はい。機械学習が「ブラックボックス」と言われるゆえんです。また、従来の機械学習には、入力のわずかな変化に対して、出力が突然大きく変化するような「不連続性の強い」事象の予測が困難という難点もあります。

そこで本研究では、これらの課題を克服しうる、新たな機械学習の確立を目指しました。その際に注目したのが「PINN(Physics Informed Neural Networks)」と、共同研究者のひとりが開発した「IsoGCN(Isometric Transformation Invariant and Equivariant Graph Convolutional)」という2つの機械学習モデルです。

この2つのモデルは、物理法則に基づいて予測(シミュレーション)を行います。そのため学習データが不足し、パターンを十分学習できない場合でも一定の精度を維持しやすく、外挿性の欠如の解消につながりやすいという特性があります。

加えて、特にPINNは、ニューラルネットワークにあらかじめ組み込まれた物理法則に基づいて結果を出力します。そのため人間にも予測の根拠が理解しやすく、説明可能性の欠如の解決につながるのです。

本研究ではこの2つのモデルを組み合わせるとともに、もう1つの弱点である、不連続性の強い現象にも対応できるよう、PINNの改善に取り組みました。なぜなら、自然災害においては、雨量が少し増加したことで激しい土石流が発生するなど、不連続性の強い事象が珍しくないからです。

試行錯誤を重ねた結果、「不連続性」の強い事象を扱えるようになりました。これにより、従来の技術では難しかった現象の推定も可能になると期待しています。

この研究には、ゼミの学生も協力した。普段は災害研究に限らず、幅広いテーマに取り組んでいるため、そこで得られた知見が本研究でも生きたと感じている

ありがとうございました。先生が特定領域研究助成に応募されるのは2回目ですが、今回の応募のきっかけと、ご感想をお願いします。

前回の研究は津波被害の体験シミュレーションを中心としたものでしたが、複合災害の増加と激化が進む中、災害をより幅広く扱いたい、そして複数の災害被害がどのように影響し合うのかを解析できる数値解析技術を構築したいと考えるようになりました。

また、リアルタイム性などの点でシミュレーション技術に限界を感じ、機械学習にも着目していました。ちょうどそのころ、先端シミュレーションやAIなどの最新科学技術を駆使した地震レジリエント研究が、特定領域研究で公募されていることを知ったのです。2度目なので迷いましたが、設定テーマがやりたいことと一致していたため応募したところ採択していただき、深く感謝しています。

現在の日本では、社会的ニーズの解決に直接つながりやすい応用研究が重視される傾向にあります。これに対し、セコム科学技術振興財団の研究助成制度は、シーズ先行型の基礎研究の重要性を認め、手厚くサポートしてくれます。新しい数値解析技術の確立など、基礎研究に長く取り組んできた私としては、ひじょうに有難かったです。

また、今回は研究室を新たに立ち上げるところからスタートしたため、支援していただいたおかげで、研究に必要な設備を揃えることができました。ルールの範囲内であれば助成金の使途を柔軟に認めていただけるので、たいへん助かりました。

研究者として成長するためには、基礎研究の積み重ねが必要。その蓄積があってこそ、本質的な問題の解決につながると考えている

最後に、これから申請される研究者へのメッセージをお願いします。

先ほど申し上げたことと重なりますが、セコム科学技術振興財団の選考委員の先生方は、基盤技術の開発に取り組む研究者を熱心にサポートしてくださります。そのため、シーズ先行型の研究で、他の助成制度では評価されなかった場合でも、研究を積み重ねたうえで、自分のテーマの重要性をアピールできれば、きっと採択に繋がるでしょう。諦めずに、ぜひチャレンジしてほしいと思います。

複合災害の推移と被害が予見できるようになることで、ダメージを最小限に防ぎ、安全・安心な社会の実現につながることを期待しております。お忙しい中インタビューにお付き合いいただき、ありがとうございました