マニフォールド粒子法が拓く複合災害推移の予見技術と
リアルタイム性獲得への知能化
浅井 光輝 先生

九州大学 大学院 工学研究院 附属アジア防災研究センター 教授

助成期間:令和5年度~
キーワード:自然災害 被害予測 粒子法 研究室ホームページ

2003年3月東北大学大学院工学研究科土木工学専攻博士課程修了。博士(工学)。同年4月よりオハイオ州立大学工学研究科機械工学専攻博士研究員として、多結晶材料の結晶塑性解析と高サイクル疲労問題の数値解析に従事。その後、立命館大学工学部マイクロ機械システム工学科助手を経て、2007年10月より九州大学大学院工学研究院社会基盤部門准教授を務める。2025年2月より現職。

先生のご専門は、災害数理学と伺っています。これはどのような学問でしょうか。

複雑で予測困難に見える自然災害にも、隠れた法則や秩序があります。「災害数理」は、数理モデル、データ解析、コンピュータシミュレーションを駆使して、災害の規模や発生メカニズムを定量的に解き明かす新しい学問です。得られた知見を、災害の予測や被害の軽減につなげることを目指します。

私はこれまで、計算科学をはじめ、基礎物理や応用力学を土台に、コンクリートの破壊・崩壊の解析などの土木系分野から、センサーやモーターに用いる圧電材料に至るまで、幅広いテーマに取り組んできました。

九州大学に赴任したタイミングで、これまで解明が困難だった2つの課題に、腰を据えて取り組みたいと考えました。第一の課題は、物質が崩壊する過程をより詳しく解析すること。第二の課題は、水と構造物(建物)のように、形状や性質が異なる物質の挙動をひとつの枠組みで解析する手法の開発です。これまでは個別に解析されることが多く、両者が互いにどのように影響を与え合っているのかは、十分に扱われてきませんでした。

社会的なニーズも考慮しながら、これらの課題に取り組める分野を模索した結果、災害研究にたどり着きました。何より大きな転機となったのは、2011年の東日本大震災です。甚大な被害に強いショックを受け、減災に貢献しうる技術の開発に取り組もうと決意しました。

2018年に特定領域研究助成の防災分野で採択していただき、開発したMR災害被害体験システムは、その一環で取り組んだものです。高精度の計算を用いたシミュレーションにより、津波や避難時の状況などを再現し、被害の様子や避難のプロセスなどを疑似体験できるようにしました。

九州大学に赴任した当時は、構造解析学の研究室に所属。計算科学などをベースに、災害予見に必要な技術の開発に取り組みたいと考え、現在の「災害数理研究室」を立ち上げた

今回のご研究では、複合災害に着目されています。その理由をお聞かせください。

近年、南海トラフ巨大地震の危険性が指摘されていますが、日本では東日本大震災以降、各地で地震発生の可能性が高まっています。加えて、地球温暖化が急速に進み、豪雨災害や、それに起因する斜面災害が頻発するようになりました。こうした災害が、同時あるいはわずかな時間差で連続して発生すると、人命や市民生活が深刻な被害を受けるおそれがあります。

被害を少しでも抑えるためには、一刻も早く正確な情報をもたらし、避難を促すなど、適切なアクションを起こすことが求められます。そこで、複合災害の推移や被害をリアルタイムで予測できる技術の開発を目指しました。 

災害被害の予見技術は、これまで存在しなかったのでしょうか。

いいえ。AIやIoTなどのデジタル技術を活用した予見技術は、現在も進化を続けています。しかし、従来の予見技術は、大多数が「一つの災害にのみ対応可能」なものです。

複合災害のシミュレーションでは、津波や地震、豪雨など、複数の災害被害がどのように影響し合うのか、言い換えれば、地盤や水、建物(構造体)がどのように作用しあうかを詳細に解析する必要があります。それらをひとつの枠組みで網羅できる数値解析技術は、現時点ではほとんど存在していません。

また、仮にできたとしても、膨大な計算量ゆえに、スーパーコンピュータを使用しても多大な時間を要するおそれがあります。高精度、かつリアルタイムで災害推移を予測したり、生じうる被害を推定することは著しく困難なのです。

リアルタイムでの予測が困難となると、避難や救助のための時間を確保することが難しくなりそうです。

今回の研究では独自の数値解析手法と、機械学習を用いたエミュレータの開発を通して、複合災害の被害をリアルタイムで予見できる技術の確立を目指しました。この2つの目標に関しては、後ほど詳しくご説明します。

私はこれまで地震と津波を中心的に扱ってきましたが、複合災害被害の予見のためには、より幅広い災害や自然現象の解析に取り組む必要があります。そこで、この助成研究と並行して、アメリカのノートルダム大学と共同研究を進めてきました。この大学は、地球規模の海洋シミュレーションモデル「ADCIRC」の開発元です。

共同研究では、川を中心とした、豪雨による地上での氾濫の解析に取り組みました。ここで得られた知見も活かして、実用的な複合災害予見技術の確立を目指しました。

研究全体のイメージ図。複合災害の推移をリアルタイムで予見できる技術の確立を目指す