エッジ領域で運用可能な高精度・高エネルギー効率を実現する予測モデルの構築
酒見 悠介 先生

千葉工業大学 数理工学研究センター 上席研究員

ハードウェアを動かした時、電力効率以外に想定外の問題はありましたか。

開発したSM-RCやSNNをハードウェア実装した回路を設計し、シミュレーションを行ってみると、意図しない挙動(非理想的な挙動)が次々と出てきました。とくにアナログの場合、回路の僅かな違いで全く異なる挙動をします。

それらは、AIモデルと専用ハードウェアの開発を両方進めているからこそ、いち早く知ることができました。そして、新しい技術開発に誰よりもはやく着手できるメリットでもありました。

時間はかかりますが、そのぶん大きな成果を出すことができるため、このアプローチを選んで良かったと思っています。

研究補助のアルバイトをしている信川研の亀井慎太郎さんと。回路設計は時間がかかるため、協力して取り組んでいる

ハードウェアの製作は、どこまで進んでいるのでしょうか。

設計した小さな回路を、工場で作ってもらっているところです。来年(2025年)5月に試作第一号が届く予定となっているため、そこから「正しく動作するか」の検証を開始し、問題の発見と解消を進めていきます。2〜3年後には正しく動作する大規模なアナログ回路が完成すると考えています。

これまで開発された技術は、将来的にどのような形になって社会で活用されるとお考えですか。

子どもが何かに興味を持って積極的に勉強したり、経験を積んで成長していくように、半導体が自ら必要な知識を収集・学習し、アップデートを重ねて予測精度を高めていく。そのような技術が、いつかは社会に実装されると思っています。そのとき、AIは本当の意味で人間の仕事を代替できるようになり、労働力不足や環境問題などの社会問題も解消していくと思っています。

今回、特定領域研助成に申請されたきっかけについて教えてください。

民間企業から千葉工業大学に移る準備をしていたとき、領域代表者の合原一幸先生から、この特定領域研究助成について教えていただいたことがきっかけでした。自分の研究テーマに合っていると思いましたが、セコム科学技術振興財団の助成研究者は、その分野の一流の先生方ばかりだったので、自分は厳しいだろうと思っていました。採択の連絡をいただいたときは驚きましたし、しっかり成果を出さなければと身が引き締まりました。

大学でのご研究のスタートと、助成開始のタイミングが、ぴったり合わさったのでしたね。

大学に移った直後だったこともあり、ゴールは明確に決めていましたが、たどり着くための方法は手探りの状態でした。助成金のおかげでさまざまな方法を試して、成果を出すことができました。

助成金だけではなく、他の助成研究者の報告を聞いたり、研究に対するアドバイスもいただけたので、ひじょうに勉強になりましたし、刺激的でした。とくにフィジカルリザバーコンピューティングのご研究をされている中嶋浩平先生の発表には、毎回衝撃を受けました。また、ハードウェアの研究に没頭しているときは「数学的に表現する」ことを失念しがちだったのですが、そこをご指摘いただいて以来、常に意識するようになりました。数学的に表現することで信頼性の高い手法として提案できるようになり、本当にありがたかったです。

助成金で購入した回路測定装置。ひじょうに高性能で、複数の機能がコンパクトにまとめられている

最後に、セコム科学技術振興財団へのメッセージがありましたら、お願いします。

研究が進めば新たな問題が発見され、解決に向けて新しいアイデアが浮かびます。そのため、私は申請書に書いた内容と、実際の研究内容や助成金の使用用途が異なることが度々ありました。しかし、研究に必要な変更であることを説明すれば、いつも認めてくださいました。研究者を信頼してくださり、全力でご支援いただいていることが実感でき、本当に心強かったです。

自分がやりたい研究に思う存分取り組ませていただき、成果を出せたこと、心から感謝しています。

モデル研究とハードウェア研究の両立は大変だったが、助成金のおかげで必要な装置や豊富な計算資源が入手でき、研究のスピードが格段に上がった

エッジAIの実現に向けて、これまで分業されていたモデルとハードウェアの開発を1つの研究として進めることの大変さと重要性が、よくわかりました。お忙しい中、専門性の高い内容をわかりやすく教えていただき、ありがとうございました。