東北工業大学工学部建築学科 准教授 許雷先生インタビュー「災害時における安心・安全性向上のためのIFC活用方策研究」(第2回)


まさに「見える化」ですね。開発でご苦労された点はありますか。

 FDS(アメリカの国立標準技術研究所が開発・提供しているオープンソースの火災シミュレーション)のバージョンアップが早いことです。たとえば「階段」を設置するとき、従来のバージョンでは階段のみの設定で「階段の出入口」は別途設置する必要がありましたが、バージョンの更新により「階段」と「階段の出入口」が同時に設定できるようになると、それまで使っていた設定のままでは計算できなくなることもあり、そのたびにVisual FDSのソースを変更しなければなりませんでした。
 また、メッシュサイズが小さくなると計算に多くの時間を要するため、はじめはメッシュの高さを0.5mにするつもりでした。しかし一般的なスラブの高さが0.2~0.3mであったため、計算後スラブが薄い紙のようになってしまいました。精度が落ちたため、メッシュの高さを0.2mに変更するしかありませんでした。
 人間の動きは平面移動が多く、比較的速く計算できるのですが、火の動きは立体的であるため、計算に時間がかかります。火災が500秒でどのように広がるかという計算を夕方にスタートしたところ、翌日の朝には、300秒程度しか計算されていないこともありました。

立体的な動きの計算は、ずいぶん時間がかかるのですね。

 火災が発生したとき、火源の場所や避難者の人数などの具体的なデータを入力してその場でシミュレーションを行い、炎や煙がどのように広がるかを把握した上で避難誘導ができれば良いのですが、現時点では不可能です。しかし様々なパターンを想定して事前にシミュレーションすることで、状況に合わせた最適な避難誘導を提案することができます。

計算に時間がかかることの他に、課題はありますか。

 前回インタビューで、家具が転倒すると避難に要する時間が7秒間延長されるということをお話ししましたが、椅子や机などの軽い家具が道をふさいでいる場合では、家具を簡単に持ち上げて移動させ、避難経路を確保することができます。
 しかし現在の避難解析ソフトでは、そうした柔軟な思考ができません。障害物がある=その道は通れない、と判断され、人の動きが止まってしまうのです。
 火源の情報をどう利用するかも、まだ有効な方法が確立されていません。たとえば部屋の中でウレタンが燃えているのか、あるいは木製の家具が燃えているのかで、発熱速度は変わります。しかしそうした情報は一般的に知られていないため、なかなか入力ができません。
 現在私が考えているのは、たとえば「ファミリー向けのマンションで、ソファーが火源になった場合の発熱速度は○○くらいに設定する」というふうに、普通の住宅で火災が発生したときの状況をいくつか考えて、パターン化することです。
 さらに煙に含まれる有毒性ガスの濃度や煙濃度が高くなると、避難速度が通常より遅くなりますが、これもまだ実装されていません。今後、更なる改良を行う予定です。

状況に応じた、よりリアルなシミュレーションへと進化していくのですね。実用化された場合、建物の管理者だけではなく、その建物に住む人々もそうしたシミュレーションの内容を知っておいた方が良いような気がします。

 そうですね。たとえば引っ越しをしたとき、非常階段の場所を確認すると思いますが、隣の部屋で火災が起きたときはどう逃げるべきか、上の階や下の階で火災が起きたときはどう行動するべきか、ある程度知っておけば、非常時に慌てず、スムーズな避難ができると思います。
 たとえば今年の3月2日、東京の西神田にある、25階建て高層マンションの20階で火災が起こりました。1~5階の低層階には保育園や児童センターがあり、7~25階が区営・区民住宅で、約170世帯(約440人)が入居していました。避難に時間がかかり、出火した部屋の住人である男性と、その他の住人2名が火傷を負ってしまいました。

何百人もの住人が一斉に避難するとなると、さきほどのシミュレーションであったように出口に人が溜まったり、非常階段が渋滞して混乱が起こる等の可能性も高くなりそうです。

 もしも「20階で火災が起きた場合、1階から7階までの下層階には炎が広がらない」と事前に分かっていれば、どうでしょう。
 防犯カメラなどを通して管理室で火災の様子を確認し、各部屋のインターホンを通じて「20階で火災が発生しました。火が燃え広がらないよう、いますぐ窓を閉めてください」「20~22階の人は、東の非常階段から避難してください。23~25階の人たちは西の非常階段を使ってください。その他の階の人たちは落ち着いてその場で次の指示を待ってください」といった誘導ができるはずです。
 人は「火事だ!」と聞くと慌てて近くの階段に移動し、そこから外に逃げようとします。もちろんエレベーターなどは使えなくなる可能性が高いため、階段を使うことは間違いではありませんが、火源が下層階で、そこに煙が充満している場合、屋内の階段を降りていくことが危険に繋がるケースもあります。

建物の設計者は図面を書くときに、火災時を想定して複数の避難ルートを設けているはずですが、そうした詳細情報は伝わっていないのでしょうか。

 非常時における避難情報が管理者や住人に伝わっているかはもちろん、その情報を活用した避難計画が作られているか、非常時に実行できるよう環境整備がされているかどうかも重要です。
 現在、東日本大震災の被災地では復興公営住宅が建設中ですが、今後は国が管理する建物に対してBIMを活用した安心・安全の追究が進められていくと思います。もちろん国交省の事業だけではなく、民間企業にもBIMの活用を広めるためにも、IFCデータの標準化を早急に進めていく必要があります 。