人間環境情報に基づく熱中症対策ウェアラブルICTシステムの社会実装
ロペズ ギヨーム 先生

青山学院大学 理工学部 情報テクノロジー学科

生体情報に基づいてリスクを判断するうえで、基準となるものはありますか。

中央労働災害防止協会(中防災)の指針を取り入れています。この指針では、熱中症リスクがあるとされる心拍数や体温が具体的に示されています。ただし、心拍数や体温には個人差がありますから、この基準が個人にどこまで適用できるかは不透明です。

私たちのシステムでは、ユーザー本人の生体情報を収集し、随時システムへのフィードバックを行います。そして、中防災の指針ではリスクがない状態でも、私たちのアルゴリズムで「暑い」という判断が出たら警告する、というように、両方を組み合わせてリスクを判断しています。他のロジックを否定するのではなく、補完し合って活用できれば有用ですね。

中防災の指針を取り入れたシステムの表示画面。多様なデータから熱中症のリスクを自動判定する

個人の特性に合わせて、システムの判断を調整するということですね。

その通りです。さらに、データを分析する中でわかってきたのは、すべてのデータを使った判定モデルよりも、女性専用モデルと男性専用モデルに分けた方が、それぞれの集団に対するリスク判定の精度が上がる、ということです。年齢も、50代以上とそれ以下で異なる解析アルゴリズムを行うと、精度が向上しました。

また、活動内容も分類条件になり得ます。例えば、身体活動に特化したモデルを作った方が、身体活動中のリスク推定の精度は上がるかもしれません。

そのように考え始めると、条件が無限に出てきます。究極的には、同じユーザーでも、その都度状態が異なりますし、長期的には体重や体質も変わります。様々な条件のうち、何が大きく影響するかを検証しています。

厳密には個人や場面ごとに最適なモデルが異なるけれど、目的は熱中症にならないことですから、そのために充分な分類を追求しておられるということでしょうか。

そうですね。それに加えて、ユーザーへの負担も考慮しなければいけません。

一般的なスポーツ系アプリでも、年齢、性別、身長、体重くらいは、誰しも入力します。ただし、リスクの通知を無視するかどうかや、暑さに対して休憩するか、我慢してしまうかは、性格が影響します。そのため、本当は性格のデータも必要なのですが、入力項目を増やしすぎるとユーザーから拒否されてしまうでしょう。ユーザーの特性を、シンプルかつ的確に引き出せるモデルを検討しています。

特殊なデバイスや高価な機器ではなく、誰もが手に入れやすいスマートウォッチやスマートバンドにシステムを組み込むことで、幅広いユーザーのサポートを目指す

個別のフィードバックにも、様々な工夫を凝らしておられるのですね。

初期のシステムでは、スマートフォンにリスクを通知していました。しかし、外で作業していると、逐一スマートフォンを確認できません。そこで、水筒をスマート化してリスクを通知したり、特殊なカップをボトルに巻いておくと、水分補給の履歴と熱中症リスクの推定を組み合わせて、カップが振動したり光ったりするシステムを考案しています。リスク通知を無視してしまう場合には、首につけたデバイスが自動で冷やすという方法もあります。

このように複数のアプローチを用意しておけば、システムがユーザーの状況に合ったフィードバック方法を選択して活用することができます。

フィードバックの一例、水分補給促進デバイス。ユーザーの熱中症リスクが高まると、ボトルが接近して水分補給を促す