人間環境情報に基づく熱中症対策ウェアラブルICTシステムの社会実装
ロペズ ギヨーム 先生

青山学院大学 理工学部 情報テクノロジー学科

職名:教授 助成期間:令和3年度〜 キーワード:熱中症対策 ウェアラブル 人間情報 研究室ホームページ

2000年、フランス国立応用科学院リヨン校情報理工学専攻修士課程修了。国立医学研究所(INSERM)での勤務を経て来日。2002年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻人間人工環境コース修士課程修了。2005年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻人間人工環境コース博士課程修了。同年より2009年まで、リサーチエンジニアとして日産自動車株式会社モビリティ研究所に勤務。2009年、東京大学大学院工学系研究科特任助教となる。2013年より青山学院大学理工学部准教授を経て2020年より同教授に着任。現在に至る。

先生はフランスのご出身と伺っています。これまでの歩みを教えてください。

フランスではコンピューターサイエンスを専門とし、主にプログラミングを学んでいました。あるとき日本でPDA(personal digital assistant)端末のアプリ開発に携わったことが、転機になりました。機械間で情報を集めて活用し、人間の生活をサポートすることに興味が湧き、日本にわたって、ウェアラブル機器専門の研究室で健康支援に関わる研究を始めたのです。健康支援への関心は、現在のプロジェクトにもつながっています。

ところで、フランスではあまりエアコンは使いませんが、日本ではエアコンなしの生活は考えられません。エアコンの設定温度に対して、実際に感じる快適性は個人差が大きい。冷房の効いたオフィスで、女性がカーディガンを羽織り、膝かけをしているのは象徴的な光景です。それを見て、自動で室内の快適性を判断できないだろうか、と感じたことが、熱快適性に関する研究の端緒でした。本研究プロジェクトでは、対象を熱中症対策に絞って注力しています。 

熱中症の件数は年々増えており、子どもや学生から労働者、高齢者まで、世代を問わない問題です。

誰しも熱中症のリスクは知っていますが、「自分はまだ大丈夫」「この程度の暑さなら平気」という心理がはたらくと、リスクに気付くのが遅れてしまいます。とくに高齢者は感覚が鈍っていることもあり、主観的な評価に頼るのは危険なのです。

私たちはウェアラブル機器を活用して、本人が置かれている環境の「暑さ」を客観的に評価するとともに、熱ストレスによる生体の変化を検知し、早期に通知、冷却、水分補給などのアクションを起こさせることで熱中症を予防するシステムを開発しています。

熱中症対策ウェアラブルサービスの社会実装イメージ。本人と関係者に情報共有できるシステムになれば、より手厚いサポートが期待できる

暑さに対する主観的な評価には、個人差もありますね。客観的な評価とは、どれくらいずれているのでしょうか。

国際規格の環境熱快適性であるPMV(Predicted Mean Vote)を指標に、暑さの客観的評価と主観的評価を比較する実験を行いました。PMVの基準で「普通」、「少し暖かい」、「暖かい」、「暑い」、という4種類の環境の部屋を作り、それぞれの部屋にいる人に、どう感じるかを5分ごとに回答してもらいました。

その結果、暑さの客観的評価(PMV)と主観的評価には、大きなズレがあることがわかりました。

たとえば、PMV基準で「普通」に設定された環境では130回しか評価アンケートを取っていないのに、4つの環境を通じて被験者が「普通」と回答した数はおよそ260回。つまり、少なくとも130回は、PMV基準の「少し暖かい」、「暖かい」、「暑い」環境が、主観では「普通」と評価されたことになります。また、「普通」の部屋を「寒い」と評価する人もいれば、「暑い」部屋を「とても暑い」と感じる人もいました。「暖かい」部屋を「少し涼しい」と評価する人さえいたのです。全体として、PMVと主観的評価との一致率は、わずか4分の1となりました。

PMVと主観のずれを示すヒストグラム。左側は実際に設定した環境、右は主観による環境の評価

PMVを基準に制御された環境にあっても、主観評価は大きくばらつくのですね。それでは、何を基準に熱中症のリスクを判断すれば良いのでしょうか。

客観的な環境条件と、個人の主観、そして生体反応。これら3つの要素を同時に見れば、適切なリスク判断ができると考えています。

環境には、個人差はありません。ただし、同じ環境でも活動内容によってリスクは変わりますし、発汗量や、体内脂肪、毛穴の広がりによって、放熱の効率も異なります。個人の状態を判断するには、体温や心拍といった生体情報が有効です。

実際に熱中症になったときは、生体反応だけで判定できるほどの強いサインが出ると思われます。そうなってからでは遅いので、その手前の日常的な暑さにおいて、様々な環境条件と生体反応から総合的にリスクを判断する必要があります。