社会技術分野
人間情報・社会情報に基づく安全安心技術の社会実装

西田 佳史 先生

領域代表者 
東京工業大学 工学院機械系
教授

生活セントリックデザイン 人間情報学 
社会システム工学・安全システム 
医療社会学
研究室ページ

1998年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程修了。博士(工学)。同年4月通産省(現経産省)工業技術院電子技術総合研究所入所。2003年産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター研究員。同年、同研究センター人間行動理解チーム長。2005年〜2012年科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)研究代表者。2009年産業技術総合研究所デジタルヒューマン工学研究センター生活・社会機能デザイン研究チーム長。2013年同研究所デジタルヒューマン工学研究センター首席研究員。2014年東京理科大学連携大学院客員教授。2015年産業技術総合研究所人工知能研究センター首席研究員、2016年に同研究センター生活知能研究チーム長を兼務し、2019年より同センター招聘研究員。2018年芝浦工業大学連携大学院客員教授、2019年東京工業大学工学院機械系教授となり、現在に至る。

「社会実装学」を作りたい

研究には流行り廃りがあります。ユビキタスブームをご存知でしょうか。「いつでもどこでも」コンピューターにアクセスできるという、今で言うIoTに近い概念です。ですが、国家予算を上げて日本中で研究していたにもかかわらず、結局我々の生活に役に立つような大きな研究成果は出せなかったと思います。これには、私は「研究のグロテスク化」「実装するための科学がない」という、ふたつの原因があるのではないかと考えています。

巨額の研究費がつぎ込まれても、社会実装の環境が整備されていなければ
何も研究成果が残らないと語る西田先生

研究者の間では、誰もが思いついたことのないアイデアを論文にまとめると、学術的価値があるとして評価されます。しかし、価値のある論文が、社会を豊かにするサービスや製品に繋がるかは、別問題です。この事実に、私は社会実装の方法が未熟なのだと常々感じていました。社会問題があり、一方で問題を解決する技術があったとしても、結局私たちが利用できるような形で実装されず、問題の根本的解決ができないケースが非常に多いのです。この問題意識が深まり、どうするべきか悩んでいたとき、セコム科学技術振興財団の企画委員である板生清先生から「あなたがその社会実装学を作ってみないか」と声をかけていただいたのが、本領域の代表になったきっかけです。

課題解決の近道は「考え方」の革新

安全・安心を脅かす社会的課題は、新たな科学技術を開発するだけでは解決したことにはなりません。社会実装学を成り立たせるためには、社会に対して課題解決のための「考え方の普及」、考えを実現するための「社会システムの構築」が不可欠です。(図参照)

子供の歯ブラシ使用時の事故を例に考えてみましょう。歯ブラシを咥えている最中に走り回り、何かの拍子に転んだら、のどの奥に突き刺さってしまいます。これを予防する対策は「親は子供から目を離すな」という注意喚起が一般的です。確かに、ずっと目を離さず、座らせたままなら、事故は起きないでしょう。しかし、24時間ずっと見守り続けることは不可能であり、子供の面倒を見ることのできる時間は家庭によって変わります。「目を離さない」は、対策として不十分なのです。

社会実装学には三要素が不可欠

そこで「転んでも刺さらない歯ブラシ」を作ると、どうでしょうか。子供の転び方やスピードを実験によって計算し、転んで、刺さろうとすると歯ブラシが曲がる特性の材料を使ったものです。もし怪我をしても、最悪の事態は免れることができます。「社会問題の解決と言うには小さいものだ」と思われるかもしれません。ですが、私はこの歯ブラシに、世間で未だ根強くある「目を離さない」対策から「目を離してもよい」対策へ、考え方がパラダイムシフトする可能性を見ました。この例は、課題解決のために「考え方」を変えることの重要性を示しています。

私は“イノベーション”という言葉の意味を、技術革新ではなく、社会的課題を解決するために、従来の思考法を根本から変え、我々の生活に変革を起こす、というようにとらえています。その可能性を秘めた製品を啓蒙する手段として、キッズデザイン賞(子どもの事故予防分野)があります。単に良質なデザインを持つものだけが受賞できる訳ではありません。「子供にとって安全な暮らしを提供し、創造性豊かに、産み育てやすい社会に貢献する」という、これらの条件を満たしていなければ受賞することはできません。人々の根底にある「常識的な考え」を変える役割を持っており、先ほどの歯ブラシも受賞作品のひとつです。受賞作品は公式webページに掲載され、全国での展示会・各種イベントで紹介されるため、社会実装を担う企業側にも大きなメリットがあります。