安心安全かつ自律した労働と生活を保証する「社会・労働参画寿命」の見える化と訓練法
島 圭介 先生

横浜国立大学 大学院 工学研究院 知的構造の創生部門 准教授

助成期間:平成29年度〜 キーワード:生体信号処理 サイバネティクス 人工知能 研究室ホームページ

2009年3月、広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻 博士課程後期を修了。博士(工学)。2007年〜2012年は日本学術振興会の特別研究員(DC1、PD)を務めるとともに、2009年〜2012年10月までは広島大学工学研究科、大阪大学医学系研究科神経内科学、広島大学大学院医歯薬学総合研究科の博士研究員として研究活動に従事。2012年11月に横浜国立大学大学院工学研究院の助教、翌年4月より准教授となり、現在に至る。

News

2019年7月12日
本研究の研究協力者である坂田茉実さん(横浜国立大学 島研究室)が、本研究活動によって日本生体医工学会大会で「Young Investigator’s Award優秀賞」を受賞されました。(6月7日)
2019年6月24日
本研究の社会実装に関する成果について朝日新聞で紹介されました。

まずは先生のご研究のテーマと、そのテーマを選んだ経緯について教えてください。

たとえば「目の前にあるモノを取る」とき、私たちは自分とモノの距離、最短の軌道、モノを掴む力加減などを頭で計算することなく無意識に、複数の筋組織をタイミング良く動かしています。なぜ、人間の体はこれほど上手く動くことができるのか、その知覚や動きのメカニズムに、子どもの頃から興味がありました。  高専時代は人工知能とロボットにも興味を持ち、広島大学では筋電義手研究の第一人者である辻敏夫教授のもとで、生体システムやサイバネティクスについて学んだことで、「生体・人工知能・ロボットの3分野で人間の活動を支援する」という自身の研究テーマが決まったのです。

生体・人工知能・ロボットはどれも異なる分野ですが、具体的にはどのようなご研究をされているのでしょうか。

人間が体を動かす際に発する生体信号には、脳からの命令や筋に流れる電流ばかりではなく、体温や心拍数、血圧などのバイタルサイン、さらにはストレスをはじめとする精神状態など、心身のさまざまな情報が含まれています。私は人工知能技術の活用により、それらの情報から個人の状態を適切に把握し、評価できる仕組みを研究・開発することで、人間の活動を多方面から支援するシステムの構築を目指しています。研究室でも、学生たちが“人間”を題材に、それぞれの専門分野を生かした幅広い研究活動を行っています。

今回は転倒リスクの計測と評価、機能訓練がテーマですね。

超高齢社会を迎えた日本では、労働現場や在宅での転倒事故が多発しており、さまざまな対策が行われているにも関わらず、その数は減少していません。私は、その原因は大きく2つあると考えています。  ひとつは「加齢とともに低下する身体機能と感覚機能を適切に測定し、評価する方法がない」こと。もうひとつは「個人が持つ身体・感覚機能に対して、労働環境や生活環境が適切か否かを判断するための指標がない」ことです。そのため「転倒しやすい人物に、高所作業や肉体労働をさせている」「自律生活が困難な高齢者が、一人暮らしをしている」という状況があったとしても、それを科学的に明らかにする仕組みが今の社会には存在しないのです。

確かに、健康診断や体力測定はあっても、転倒リスクを測るテストはありません。

転倒災害を減らすためには「どのような人に、どれくらいの転倒リスクがあるのか」「安全安心に日常生活を営む、または職場で業務を遂行するために必要とされる立位の機能はどれくらいか」「転倒リスクを低減させる適切な機能回復訓練方法は何か」という、3つの課題をクリアしなければなりません。

そこで本研究では、①個人の転倒リスクを定量的に表す「立位年齢」の測定方法、②個人の立位年齢から労働や自律生活の安全性を測る「社会・労働参画寿命」の評価モデルを確立し、さらに③立位年齢の維持や回復を目的とした機能回復訓練方法の構築を目指します。

転倒リスクを測り、評価し、必要に応じて回復訓練を行うのですね。転倒リスクが立位“年齢”で表現されるのは、とても斬新です。

最終的には、健康診断の項目に加わることで「立位年齢」の概念が社会に浸透することを目指しています。簡単に立位年齢を計測できるデバイスが普及し、誰もが毎朝自分の転倒リスクをセルフチェックして「今日は大丈夫だ」「今日はちょっと気をつけよう」といった判断ができるようになれば、転倒災害は減少するはずです。

「立位年齢の概念を普及させることで、日本、ひいては世界の健康診断を変えたい」と語る島先生