安心安全かつ自律した労働と生活を保証する「社会・労働参画寿命」の見える化と訓練法
島 圭介 先生

横浜国立大学 大学院 工学研究院 知的構造の創生部門 准教授

それでは、今回のご研究の内容について詳しくお尋ねします。まず、立位年齢はどのように測定するのですか。

私たちは昨年度、人間のライトタッチという現象に着目し、立位年齢を測るための「立位機能検査(StA2BLE:Standing function Assist and Assessment method Based on Light touch Effect )」を開発しました。

まずは、ライトタッチからご説明します。

人間はふらつきそうになったとき、壁に手をついたり、手すりを握ったりして、姿勢を安定させます。しかし実は「揺れているカーテンなどに軽く触れる」程度の軽微な接触でも、姿勢を安定化させる効果があります。この現象は1994年に発見され「ライトタッチコンタクト(Light Touch Contact: LTC)」と呼ばれています。

このLTCを研究されていたのが、共同研究者である県立広島大学理学療法学科の島谷康司先生です。島谷先生とのディスカッションから「周囲に何もない状態でLTCと同様の効果を発生させる」というアイデアが生まれ、仮想ライトタッチ(Virtual Light Touch)法(VLT法)を開発しました。被験者が腕を動かしたとき、指先に「壁に触れた時に発生する反力と似た大きさの振動」を与えることで、被験者の周囲に仮想の壁(仮想壁)が構成された状態になり、LTCと同様の効果を得ることができます。

ところがこの振動を切ると、安定していた姿勢は再び不安定な状態に陥ります。本人に大きな負担を与えることなく、姿勢変化を誘発することができるのです。

「仮想壁」を利用した立位状態変化の誘発と、
これを活用した立位機能評価法の確立は、ともに世界初

指先の軽い感覚の変化で、姿勢が安定したり不安定になったりするというのは驚きです。StA2BLEは、具体的にどのように実施するのですか。

小型の装着型デバイスを開発し、民間企業の健康診断の一角をお借りしたり、デイサービスなどの高齢者福祉施設にお邪魔したり、国際ロボット展などのイベントでブースを出したりして、これまで20代〜90代の被験者1,000人強の立位機能データを収集しました。特に、多様な職種のデータを集めることができたのは、共同研究者である産業医科大学の泉博之先生のおかげです。

検査では、被験者が指先にデバイスを装着し、目を閉じてボードの上に立ちます。装置を付けた手を軽く振ると振動が発生し、立位が安定します。その後、被験者への予告なしにコンピュータ制御によって振動をOFFにして仮想壁をなくし、被験者の重心の揺れ幅などの複数の評価指数──わかりやすく言えば「どれくらいの“ふらつき”が起きるか」から、立位の機能を測定します。

ふらつきが大きいほど、転倒リスクが高いということですか。

簡単に言えばそうです。仮想壁がある時・ない時の重心動揺を比較し、年齢ごとの平均値を算出すると、年齢を重ねるに従って大きなふらつきが生じていることが明らかになりました。このデータをもとに、立位機能と実年齢の関係を指数関数モデルで表現し、被験者の立位機能に関わる年齢を逆関数で推定したものが「立位年齢」です。転倒リスクが高いと、たとえば実年齢が30歳であっても「立位年齢:60歳」という結果が出ることがあります。

また、検査の際は任意でアンケートに答えていただき、職種や運動習慣、転倒経験などの情報も収集しています。それらの情報から「1年以内に複数回転倒した経験がある」などの転倒リスクが高い人は、実年齢が若くても、立位年齢が高くなることが分かりました。

一般的な体力測定でも、バランス能力を測るテストがありますが……

展示会では、従来の体力測定も同時に実施させていただき、約500人分のデータを収集しました。体力測定でも各項目に年代別の平均値があり「あなたのバランス能力は○○歳です」といった評価が出ますが、同じ人物の体力測定の結果と立位年齢を比較しても、関連性を全く見出すことができませんでした。

つまり立位年齢は、従来の体力測定では測っていなかった能力を計測し、数値化しているということです。

では、立位年齢の根拠となっているのは、人間のどのような能力なのでしょうか。

人間が安定姿勢を維持しているとき、3つの感覚が働いていると言われています。周囲の風景から体の位置を確認する「視覚」、足裏に感じる足圧重心などの「体性感覚」、三半規管や耳石器が感じる体の傾きや回転などの「前庭感覚」です。

目を開けて立っている状態では、自分がまっすぐ立っていることを、主に視覚情報を頼りに判断します。このとき「視覚の重みが増している」といいます。目を閉じると視覚情報が使えないため体性感覚への重みが増し、足裏に集中しすぎてふらついてしまう傾向があるのですが、仮想壁に触れるとバランスが回復し、姿勢が安定します。その後、振動が失われるとバランスが崩れてしまうため、再び体性感覚の重みを増やさなければなりません。StA2BLEが着目・評価しているのは、この「感覚の切り替えの能力」です。

被験者のアンケートには「振動があってもなくても、変わらない」という感想もありましたが、自覚がなくとも重心の揺れは発生しているため「転倒リスクは本人が認識できないレベルにも存在しており、StA2BLEはそれを計測している」と言うことができます。

VLT法では、指先に単純な振動を与え続けてもLTCを再現できない。「腕を振った時に振動が起こる」流れが必要だが、その理由はまだ研究中である