木造住宅の耐震センシングと残存価値評価法の研究
伊藤 寿浩 先生

東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 人間環境学専攻 教授

助成期間:平成29年度〜 キーワード:無線センサ 大面積デバイス集積化 人間環境モニタリング 研究室ホームページ

1994年1月東京大学大学院工学系研究科精密機械工学博士課程修了。その後、東京大学先端科学技術研究センター助手を勤めた後、ドイツに留学してフラウンホーファーIZM客員研究員となる。帰国後、東京大学先端科学技術研究センター助(准)教授、産業技術総合研究所先進製造プロセス研究部門ネットワークMEMS研究グループ長、同研究所集積マイクロシステム研究センター副研究センター長を経て、2015年4月より東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授となり、現在に至る。

まずは、今回のご研究を始められた経過について教えてください。

私の研究室では、無線センサを用いて世の中のさまざまな環境情報をセンシングし、日常生活のリスクや社会インフラの課題解決、産業・製造現場の支援などを実現する、幅広い無線センサネットワークシステムの開発に取り組んでいます。

今回申請した研究も、そのひとつです。日本の住宅は木造が大半であるにも関わらず、これまで木造住宅の耐震性能について、ほとんど把握されていませんでした。大きな地震が起こった際は、すぐにその家の安全性を評価し、適切な行動をとる必要がありますが、そのための環境が整っていないのです。

現在、建物の損傷評価は専門家による目視点検で行われていますが、人によって評価にばらつきがあることや、1軒の確認に時間がかかることが課題になっています。

人口が集中している都市部で震災が発生した場合、「自宅が安全かどうかわからない」ために膨大な人数が一斉に避難し、短時間で避難所がパンクしてしまうことが懸念されています。地震直後に自動的に住宅の安全性を判定するシステムが広く普及し、“安全”と判定されればそのまま自宅で過ごし、“注意”や“危険”判定が出た場合のみ避難所に向かうのであれば、この問題は解決します。

そうした残余耐震性能判定システムの研究開発は進んでいますが「いつ起こるかわからない大地震に備えて、高額なモニタリングシステムを購入する住宅所有者が少ない」ことが、大きな障壁の一つになっています。

確かに、巨大地震が起こるのは数十年に一度という周期です。しかし起こってしまったら、住宅の安全性評価は必ず必要になる。大きなジレンマです。

そこで「大きな地震が起きた時だけ必要になるシステム」ではなく、「普段使いができる耐震センシング」について考えてみました。そうして思い至ったのが住宅の残存価値としての、耐震裕度の利活用です。耐震裕度とは、想定される大地震が起こったとき、構造や部材の耐力がどの程度の余裕を有しているかを示すものです。

通常、木造住宅の価値は20年程度でゼロになってしまいます。しかし、耐震裕度を建物の安全評価の指標とし、新たな建物価値基準を構築できれば、中古の木造住宅であっても財産として活用できます。また、金融機関がこの基準をもとに新たな金融商品を企画することも期待できます。

さらに、自治体の防災行政にも貢献できます。地区ごとの住宅の安全度を把握して耐震補強工事の補助金制度を創設したり、大地震の際に倒壊した家屋が道を塞ぐことがないよう道路を拡張しておくなどの対策が可能になるからです。

そのための無線センサとシステムネットワークを開発し、社会実装に向けた事業モデルを創出することが、本研究の目的です。

「社会実装の実現には、幅広い層に対してメリットがある仕組み作りが肝要」と語る伊藤先生