東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 人間環境学専攻 教授
先ほど少し触れましたが、高額で複雑なモニタリングシステムを開発しても、木造住宅の所有者が購入する見込みはありません。そのため本研究では、設置者の負担が軽くなるよう「1〜2万円で提供できるシステム」および「電池で1年以上作動する端末」の開発を目指しました。
まず、耐震裕度の測定には「エネルギー法」を用いました。エネルギー法は地震によって建物に与えられる入力エネルギーと、建物の吸収エネルギーを比較して評価する、非常にシンプルな方法です。入力エネルギーは、地震発生時に端末内の加速度センサで測定した値によって算出します。吸収エネルギーは、住宅所有者にスマートフォンインターフェイスから「竣工年」「階数」「各階の床面積」「屋根の種別」を入力してもらうことで、概算値を出すことができます。
建築基準法は、これまで何度も改正され、その度に新しい工法、新しい構造デザインが生み出されてきました。そのため竣工年の情報から、その当時の主流の工法や、住宅の基本的なデザインが判明します。さらに当時の「典型的な構造の住宅」のデータをもとに、床面積から壁の量が、屋根の種類と階数から1階部分にかかっている重量が算出可能です。
これにより、その住宅の固有周期NP、および建物の「しきい値」と呼ばれる弾性限界の吸収エネルギーE1、安全限界の吸収エネルギーE3のおおよその値を出すことができるのです。
また、地盤も重要な要素であり、それは国土交通省の公開データから入手可能です。
端末には、加速度センサ、MCU(マイコン)、LPWA(Low Power Wide Area)無線モジュールが搭載されています。平常時はほぼ眠った状態ですが、震度4程度以上の地震が発生すると即座に起動し、加速度センサが約20秒間、建物に与えられたエネルギーの波形を記録します。その波形はマイコンによって解析され、算出された入力エネルギーIEがクラウドに送信されます。
クラウドでは、あらかじめ登録されていた吸収エネルギーE1およびE3の情報をもとに、住宅が実際に受けたダメージを計算して、耐震性能判定を下します。判断の基準は、以下の通りです。
・IE<E1:安全(ほぼ損傷なし)
・E1<IE<E3:注意(小破または中破の可能性あり)
・E3<IE:危険(大破の可能性あり)
この情報は端末のランプ(青:安全、黄:注意、赤:危険)の点灯によって示されるとともに、ユーザのスマートフォンにも通知されます。さらに“注意”と“危険”の場合、端末はランプの点灯だけではなくブザーで警告を発します。
計算自体は大まかなものですが、決して過小評価をしないアルゴリズムを組んだため、“安全”の判定が出た場合はその建物内に留まっていても問題ありません。
無線通信に、LPWA(Low Power Wide Area)通信のSigfoxを採用したためです。Sigfoxは中継器なしで数十キロメートル先まで伝送可能ですが、一度に送信できる情報量が少ないのが特徴です。
多少乱暴な説明になりますが、たとえば「01」というデータを10㎞先に送るとき、「01」を1回送信しても、ノイズなどが混ざって上手く届きません。しかし「0」と「1」をそれぞれ100回ずつ送信すれば、受信側が100回届いたデータを平均化して「0」と「1」を認識できます。極端に言えば、短距離なら100個の情報を1回で送信できますが、遠距離の場合は1つの情報を届けるために100回送信しなければならない、ということです。
このため、送信するデータができる限り小さくなるよう、加速度センサが記録した揺れの波形そのままではなく、端末内のマイコンで解析済みのデータを送っているのです。
端末は、平常時はほぼ機能を停止させていますが、震度4程度の地震が発生したらすぐに起動するよう、センサだけは一部起動状態にあります。そのため僅かではありますが、電気を長期間使い続けています。「電池で1年以上作動する端末」の開発を目指したのは、住宅の電源を使わなくても設置可能にすることで、システム導入の敷居を下げるためです。
多くの情報を集められる高性能のセンサを使えば、住宅の安全性をさらに詳しく把握することができますが、使用電力が大きくなるとともに、端末の価格が上がってしまいます。「地震が起こった直後、その住宅が安全か否かを判定する」だけであれば、シンプルなエネルギー法で十分だと、私は考えています。そのため加速度センサは、スマートフォンなどに使われている普及型の廉価品を用いるなど、徹底してコストダウンに努めました。