木造住宅の耐震センシングと残存価値評価法の研究
伊藤 寿浩 先生

東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 人間環境学専攻 教授

同じ端末で、建物の残存価値も測ることができるのですね。

建物の残存価値は、主に「付帯物の価値」と「構造部分の価値」の2つがあります。これまで、構造部分の価値は視認できないため、正確に評価されませんでした。しかし加速度センサを常時設置していれば、長期的に建物の固有振動数を測定することができるため、構造部分の劣化の有無が評価できると考えられます。たとえ築20年以上の木造住宅であっても、大きな地震を経験していなければ、構造部分の価値はしっかり残っていることを証明できるのです。

また、私には建築の専門知識がないため、エネルギー法による計算がどれほど正確なのか、専門家に依頼をしてコンピュータシミュレーションで検証する必要がありました。1〜2割の誤差はありましたが、シミュレーション結果とほぼ一致していることを確認できました。この検証は、特定領域研究助成に採択していただいたおかげで実現できたことです。本当に感謝しています。

すでに実証実験が開始されていますが、新しい発見などはありましたか。

東京都中野区野方1丁目と2丁目の地域住民の協力のもと、現在、木造住宅15軒に端末を設置し、経過を観察しているところです。

当然のことですが、住宅内では2階のほうが、電波が入りやすくなります。しかし地震発生時に建物が受けたエネルギーの波形を測定するには、1階の柱の近辺が理想です。このため、端末に内蔵していたアンテナを外部に出すという改良が必要になりました。

また、実証実験の実施にあたり、他分野の専門家から「このセンサをどう使い、そのためにどう改良すべきか」という意見をいただいたり、地域住民とコミュニケーションを取る中で新しいアイデアが浮かぶなど、多様な人々との交流によって、より広い視野を獲得することができました。6月には領域代表者の西田佳史先生が来てくださり、一緒に現地を訪問しながら「地域の安全をどう守るか」というお話をした際も、その答えが一つではないこと、個々のニーズに応じた対策がいくつも存在することを改めて認識しました。

西田先生(写真左から2番目)および関係者の方々と、中野区野方1丁目・2丁目を訪問

社会実装の仕組み作りには、技術の開発だけではなく、多様な人々との意見交換が重要なのですね。

新しい技術を開発するための基礎研究は重要です。一方で、いま社会で困っている人に目を向け、直に話を聞き、解決の役に立つシステムを構築することも、研究者の使命だと思っています。そして、実証研究までたどり着いて新たな課題を発見したら、その解決のために再び技術開発に戻る。この繰り返しを支えてくださるのは、現在のところセコム科学技術振興財団の助成金制度のみだと思っています。

多くの研究者がこの助成金を活用し、社会の課題解決に挑戦して、より安全・安心な社会が実現することを願っています。

将来的には、センサの測定内容にバリエーションを持たせることで、さまざまな層のニーズに応えられるシステムへと繋げていきたい

いつかやってくる大震災に備えるため「自宅に耐震センシングシステムが導入されている」ことが当たり前になるよう、先生の今後のご活躍に期待しています。お忙しい中インタビューにお応えいただき、ありがとうございました。