静岡大学 学術院情報学領域・情報学部 行動情報学科 教授
ソーシャルメディアには、個人が発信した意見や情報が他者に大きな影響力を与える、インフルエンサーと呼ばれる方がいらっしゃるのは周知のとおりです。どのような人がどう発信するとバズる(投稿が短期間に爆発的に広まり注目を集める)のか。そして、受け手側はどのような人で、どういった言葉を受け取ると意見を変えたり、無視したり、もしくは反発するのか。そうした予想が個別にできれば、それを組み上げていきます。
本研究で調査対象としているX(エックス)では、発信源の方がユーザーネットワークを通じて話を広げていく際に、一般ユーザーが「いいね」を押したり、リツイートしたり、周りの人に広げたりします。これを全て個別に推測していくのは限界がありますが、人間にはある程度タイプがあります。仮におよそ100種類くらいにタイプ分けができるとすれば、その属性ごとの調査、分析、そして広まり方の予測が可能になると考えました。
そして人間のタイプ分けをするために、大規模なクラウドソーシング(インターネットで不特定多数の人に業務委託する形態)調査を続けています。
「オンライン上にどのような属性の人がいるのか」という研究は、今まであまりされていません。そこで、募集した被験者に謝金をお支払いして、心理学的属性、政治的、社会的意識、学歴、職業、年齢、家庭環境などについて、100問程度の質問に答えていただいています。現時点で回答総数が3,000件強ですが、現在も継続中です。
この調査で「心理学的属性」については、ビッグファイブ(人の性格を「外向性」「誠実性」「調和性」「開放性」「神経症的傾向」の5つの特性の組み合わせで分析する心理学の理論)に基づいた質問をし、おおよそのタイプ分けを試みています。また、どの政党を支持するかなどの政治的意識も調査していますが、同一グループ内でも幅があります。ですから、属性を総合的に見ていく必要があるのです。
大規模調査では、被験者の選択回答だけでなく、テキスト記述欄も精査していく「ある特定の属性をもつ人たちが、投稿を受け取ると、どう行動するか」という予想を個別に行います。
具体的な研究のひとつとしては、ある人が、どこで意見を変えるかを予想します。「私はもう支持しません」「支持するのをやめました」といった表現を追うことで、どこで意見を変えたかが分かります。さらにその直近1カ月のツイート履歴の分析をもとに、今後10ツイート以内で意見を変えるかどうかを自動的に予測するよう設計します。
それから、フォロワー数が多い人の投稿はもちろんバズりやすいのですが、それとは別に、どのような内容、表現、言い回しの文面だとバズるのか、という予測もできるようになってきています。
これらの精度を上げていく作業を繰り返し、慶應義塾大学医学部、学習院大学法学部、大阪大学大学院人間科学研究科の先生方と共同で分析を続けています。私の専門分野と併せて、各分野の過去の研究成果が当研究にそのまま活かされることも多く、実り多い共同研究体制をとらせていただいています。
研究の概要。左から右に「欺瞞」の発信、受容・伝達、防止までのそれぞれのフェーズにおいて、矢印の方向に調査・分析・試行を重ねていく短文によるコミュニケーションが多く交わされるXでは、特有のSNS用語であったり、省略された言葉などが多いのですが、主語や目的語の補完システムは既に過去の研究で構築済みです。言葉の崩れや話し言葉に近い表現も、過去に収集した大規模ツイートデータによるAIの事前学習で高精度な省略補完が実現しています。
それから、慶應義塾大学との共同研究では、精神疾患の自動診断があります。会話をもとに、その人がうつ病、双極性障害、不安症、認知症、統合失調症、健常者、のどこに分類されるかを自動で診断します。今回は、これをツイッターの投稿からも分類できるように応用しています。前段のタイプ分けにこの結果を加えると、さらにユーザーの属性が詳しく把握できます。場合によっては発言者のメンタルステート(気分の上がり下がり)も分かる可能性があり、活用したいと考えています。
また、「人狼知能」も、大いに役立つ研究のひとつです。嘘つき役「人狼」とそれ以外の「村人」に分かれ、自分の役を隠して会話をし、「人狼」が誰なのかを見抜く「人狼ゲーム」という会話ゲームがあります。メンバーの中で嘘をついているのは誰かを当てるのですが、これを自動プレイさせるプロジェクトを、約10年前に始めました。文章の内容だけでなく、文体や雰囲気で嘘つき役を見破れることが多く、8割程度の予測性能が確認されています。先ほど述べた心理学的分類であるビッグファイブをユーザーに適応したり、ダークトライアド(ナルシズム、マキャヴェリアニズム、サイコパシーの性格特性)の推測も併せて行うことで、今回は、より詳しい属性を把握するのに役立っています。
加えて、近しい研究として、矛盾するか同じことを言っているかを判定する含意関係認識というタスクの研究をしています。大学入試や司法試験の自動解答システム、つまり「教科書や知識源に問題内容が含意されていれば正解できるAIシステム」を構築するプロジェクトを行っているのですが、これも今回の研究に応用できます。
研究室の学生は研究のサポーターであり、Ⅹユーザーとしての見解や情報なども提供してくれている