仮想通貨のセキュリティ法制構築:仮想通貨の強制執行と海外仮想通貨交換業者の監督
久保田 隆 先生

早稲田大学 大学院 法務研究科 教授

マルチシグを応用したシステムの社会実装には、どのような課題があるのでしょうか。

2019年に国内で「資金決済法」が改正された際「仮想通過交換事業者は利用者の暗号資産を、内閣府令が定める方法で分別管理する」という規制が加わりました。これと同じように「マルチシグ方式を採用しない事業者は、新しい仮想通貨の発行ができない」といった法整備が必要です。なお、この改正で仮想通貨は「暗号資産」と名称が変更されましたが、ややこしくなるので今回は「仮想通貨」のままでお話しします。

また、システム自体は約1年間で開発可能であると言われていますが、実社会で安定的・実務的に運用できるようになるまでは、かなりの時間が必要だと思われます。

このような課題は日本だけのものではないと思いますが、海外でも研究が進んでいるのでしょうか。

それを知るために、1年目は情報収集を中心に行いました。アメリカやイギリス、中国やオーストラリアなどの会議に参加し、現地研究者との意見交換や研究報告、大学での資料収集から、多くの貴重な情報を得ることができました。文系の研究はデジタルデータや書籍などの「資料を入手して読み込む」スタイルが一般的だと思いますが、現地に足を運んで研究者と直にやり取りをすれば「日本にいては入手できない情報がある」ことを実感します。

さらに、海外で広げた人脈を活かして、昨年7月のシンポジウム『法学と暗号学で考える暗号資産法制の未来:強制執行を中心に』に続き、12月にはイギリス、中国、マレーシアの専門家を招いた国際公開シンポジウム『フィンテックと暗号資産の法的・実務的課題』を開催しました。これらの活動はすべて、今回いただいた多額の助成金のおかげで実現できたことです。

デジタルデータや書籍などの資料を入手するだけではなく、海外に足を運んで研究者と話をすることで、日本では入手できない貴重な情報が得られる

どちらも大盛況でしたね。国際的にも関心が高まっているのは、昨年6月に発表されたFacebookの仮想通貨「Libra(リブラ)」の影響でしょうか。

現段階では法的規制が整うまでは開始されないことになっていますが、LibraがスタートしてFacebookユーザーがこれを使用し始めると、短期間で膨大なお金が動くことになります。その管理を一企業が担うためには、独占禁止法や個人情報保護法など多くの課題をクリアしなければなりません。容易なことではありませんが、今後、他のグローバル企業も独自の仮想通貨を発行するようになるでしょう。

アメリカはEUと比べて、仮想通貨をはじめ産業を活性化させる取り組みに対して自由度が高く、積極的です。EUは個人情報保護法が厳しく、規制を加える傾向が強いと言えるでしょう。このような中、日本はどうやって国益を守り、産業を伸ばしていくのか。その方針をいま考えなければならないと思っています。

2番目の「海外仮想通貨交換業者に対する監督の実効性確保」にも繋がる問題ですね。

海外の仮想通貨交換業者が日本に対してビジネスを行い、何らかの問題が発生したとき、現時点では金融庁が外交ルートでその国に対策を訴えるしか術がありません。他国の業者には、自国の規制を適用できないからです。

現在、海外に進出している銀行に対しては、進出先の国と母国とで「共同監督する」というルールが定められています。「母国の監督が不十分である」と判断した際、進出先の国はその銀行とのビジネスを拒否することができるのです。そのような国際ルールを、仮想通貨でも作る必要があります。

現段階の構想としては、国際標準となる規制を作り、各々の国が仮想通貨交換業者に守らせるようG20やFATF(Financial Action Task Force)などで義務化する、というイメージです。

解決すべき課題であるという認識が一致していれば、話し合いは進みそうですね。

ただし中国の「デジタル人民元」のように、中央銀行が仮想通貨(中央銀行デジタル通貨:CBDC)を発行する場合は、より難しい問題になります。民間企業に対して母国が規制をかけることはできますが、国家事業に対して別の国が規制をかけることはできないからです。

CBDCの発行は、中国の他に、EU、イギリス、カナダ、シンガポール、スウェーデンなどが積極的です。とくに中国は多くの国で華僑が共同体を形成しているため、その地域からデジタル人民元が流入し、政府が国内に流通する他国のデジタル通貨をコントロールできなくなる……といったリスクがあります。しかし、2020年1月には、日銀や欧州中央銀行(ECB)を含む6つの中央銀行がCBDCの発行を視野に新たな組織を作ることを発表し、米国の中央銀行(FRB)も独自の研究を開始するなど、この分野の動きは大変活発です。

今はまだ夢物語のような話ですが、現代の科学技術は急速に発展するため、あらゆる可能性と危険性を考慮した上での法制度の設計が肝要であると、私は考えています。

企業や他国のデジタル通貨の流通がコントロール不能に陥れば、インフレやデフレを引き起こす恐れがある。そうしたリスクを回避する法的規制が必要