仮想通貨のセキュリティ法制構築:
仮想通貨の強制執行と海外仮想通貨交換業者の監督
久保田 隆 先生

早稲田大学 大学院 法務研究科 教授

助成期間:平成30年度〜 キーワード:国際取引法 国際金融法 決済システム 研究室ホームページ

1990年東京大学法学部卒業(法学士)、日本銀行入行。1993年に東京大学大学院法学政治学研究科民刑事法専攻を修了(法学修士)した後、ハーバード大学ロースクールに留学、1996年修了(LL.M.)。
1998年に日本銀行を退職し、名古屋大学大学院国際開発研究科専任講師に。2000年から助教授として国際取引法を担当する。2003年に大阪大学から博士(国際公共政策)号を取得、2004年より早稲田大学大学院法務研究科助教授。2005年に教授として国際取引法の担当となり、現在に至る。

先生は大学を卒業後、一度日本銀行に就職されていますが、なぜ研究の道に入ったのですか。

学生時代から政治や経済に興味があったため、日本銀行の研修制度を活用して東京大学大学院法学政治学研究科で修士(法学)の学位を修得し、さらにハーバード大学ロースクールに留学しました。そこで研究職の面白さを実感し、帰国後、名古屋大学大学院が公募していた国際取引法の担当教授に応募したところ、採用されたのです。

国際取引法とは、どのような法律ですか。

「国際取引法」という名前の法律があるわけではなく、国際ビジネスに関わる法律はすべて、国際取引法に含まれています。たとえばGoogleやAmazonに対する特許法の規制、データ保護法、プラスティックゴミ問題に関連する法律などです。

仮想通貨のセキュリティ法制度も、その一つです。数年前に参加した日本銀行と金融庁OBの座談会で、デジタル技術を応用した新しい金融システムと、それに伴う仮想通貨法制に関わる諸問題に関する知見を得ました。興味を惹かれて、暗号分野がご専門の寶木和夫先生(産業技術総合研究所・情報技術研究部門副研究部門長)と共同研究を開始したところ、早稲田大学本部からセコム科学技術振興財団の本助成制度の活用を勧められたので、これを機に研究を深めることにしたのです。現在は同じ研究部門の花岡悟一郎先生(高機能暗号研究グループ研究グループ長)より技術的アドバイスを受けながら、本研究を進めています。

2018年の「コインチェック事件」から、仮想通貨に対する世間の関心が高まっていると感じます。先生はこの課題に、法学だけではなく暗号技術分野も含めてアプローチされているのですね。

仮想通貨法制に関する議論には、大前提として「どのような暗号技術を構築できるか」という技術的な問題があり、法律の専門家だけでは有効な議論ができません。

そこで本研究では、暗号技術専門家との密接な協力のもと、近年浮上してきた「仮想通貨の強制執行」「海外仮想通貨交換業者に対する監督の実効性確保」「スマートコントラクトにおけるプライバシー確保等」の3つの課題を中心に、解決を目指しています。

新しい技術が生まれると、新しい課題も発生する。既存の手法で解決困難なら、周辺分野の人々と解決方法を構築していく必要がある

強制執行は債務者の財産を差し押えて換価しますが、仮想通貨ではどのような問題があるのでしょうか。

現在、法律上は、裁判所が命令による「仮想通貨の差し押さえ」が可能です。しかし、債務者が事前に仮想通貨を別の場所に送金してしまえば、送付先が判明しない限り、差し押さえが不可能になってしまいます。

この対策として、データ送信に必要な電子署名数を複数にするマルチシグ(Multisig)の応用が挙げられます。簡単に言えば、仮想通貨の送金に必要な「秘密鍵」を複数にすることで、所有者一人の意思で仮想通貨の移動ができないようにする仕組みです。電子署名技術について説明をすると長くなってしまうので、ここでは「インターネット上でデータを送信する際に不可欠なもの」が秘密鍵であると考えて下さい。

仮想通貨のデータ送信に必須の秘密鍵を、所有者以外の第三者に持たせる、ということでしょうか。

そうです。たとえば秘密鍵を3つ作成し、仮想通貨のデータ送金の条件を「3つの秘密鍵すべての署名が必要」とした上で、秘密鍵を「仮想通貨交換業者」「仮想通貨取引所」「裁判所」の3者が持つ。こうすることで、裁判所が仮想通貨交換業者に強制執行命令を出したとき、業者が事前に察知できたとしても、勝手に仮想通貨を移動させることができなくなります。業者が逃亡した場合、その仮想通貨にはアクセスできなくなってしまいますが、少なくとも犯罪者に手に渡ることはありません。

マルチシグの仮想通貨への応用