AI、ゲノム編集等の先進科学技術における科学技術倫理指標の構築
横山 広美 先生

東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 教授

尺度がより簡単なものになったのですね。これであれば、より多くの人々の態度を調べることができるようになりますね。

はい。次にこの3つの尺度を用いて、4種類のAIシナリオに対する日本・アメリカ・ドイツの一般社会の態度を測定しました。各国でそれぞれ約1,000名の人々に回答してもらった結果、AI兵器のシナリオに対しては、日本とドイツはいずれの尺度においても問題があると回答する人が多いのに対し、アメリカでは倫理的および伝統的尺度における反応が、肯定的なものから否定的なものまで比較的ばらけていることが明らかになりました。

さらに、回答者の傾向をグループに分けることを考えました。倫理的、伝統的、政策・法的を軸とする三次元のグラフを用意し、4種類のシナリオ全てに対する3か国の人々の回答位置を、点で書き入れると以下の図のようになります。これをK-means clusteringという解析によって、4つのグループにするのが理想的だとわかりました3)

こうした解析には、天文物理学者のTilman Hartwig先生(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻知の物理学研究センター)が活躍してくださいました。

4種類のシナリオに対する3か国の人々(合計3256名)のすべての回答をプロットした3次元グラフ。水色はAI技術に対してポジティブ、オレンジはネガティブなグループを示す。青・赤の2グループは政策・法的課題に対する態度の違いで区分可能である

3) Ikkatai, Y., Hartwig, T., Takanashi, N, & Yokoyama, H.M.(2022). 'Segmentation of ethics, legal, and social issues (ELSI) related to AI in Japan, the United States, and Germany'.AI Ethics. https://doi.org/10.1007/s43681-022-00207-y

各グループには、それぞれどのような特徴がありますか?

水色で表されるドットは、倫理的、伝統的、政策・法的側面いずれにおいても問題がないとする回答です。AI技術に対してポジティブな態度と言えます。

これに対し、オレンジはAI技術にネガティブで、いずれの局面においても問題があると見なす態度を表します。

赤と青はそれ以外の中間的な反応ですが、この2グループは政策・法律に対する反応で区分できることがわかりました。すなわち、政策・法的に問題があると見なす回答は青、問題がないと見なす回答は赤で表されているのです。

4種類のシナリオと3つの尺度で、回答を明確にグルーピングできるのですね。

はい。この4種類のシナリオと3つの尺度を、人々の態度の違いを可視化し、グループ化するための「AIのELSIセグメント」として提案しました。意見の異なるグループをあらかじめ大まかに把握できていれば、スムーズな議論や合意形成が可能になるからです。

実はこれにはヒントがあり、私たちのグループは3つの質問で科学技術への関心度を測定する「ビクトリアン・セグメント」をよく使っています。オーストラリアのチームが開発したもので、これによって関心の高い人から低い人まで6 つのグループに分けることが可能です。科学技術に関する測定をする際にいつも活用して便利なので、ELSIで同様のものができないかと考えていたことがアイデアの元になります。

現在は、この尺度やツールが他の分野にも転用可能か確認するため、ヒトゲノムをテーマにしたシナリオを開発しています。汎用性のある尺度を開発し、先進科学の諸分野で活用していただければと考えています。

最後に、先生が特定領域研究助成に応募された経緯について教えて下さい。

領域代表者の小林傳司先生に「こうした助成があるよ」とお声がけいただいたことがきっかけです。ちょうど新しいことに挑戦したいと思っていた時期で、他にはないユニークな研究に挑戦をしたいと思っていました。チャレンジングなテーマなので、すでに実績のある上に積み重ねる他の助成制度での採択は困難だろうと思いました。ゼロからの提案を真剣に聞いてアドバイスをくださった選考員の皆さまに心から感謝しています。

助成金は、主にデータを取得するための調査費に用いています。

私たちのチームはAI研究の分野では新参者ですが、これまで取り組んだAI倫理の研究成果に関しては、反響もいただいています。また、ELSIの測定や数量化に取り組む研究者も出てきてはいますが、その中でも第一線にいると自負しています。短い期間でこれほど大きな成果を挙げることができたのは、セコム科学技術振興財団のおかげです。心から感謝しています。

私は以前から、科学と社会の関わりや、科学者の社会的役割や信頼に大きな関心を持っており、ELSIの尺度開発もそこから生まれたものです。しかし、まったくやったことのない新しい挑戦でした。以前のプロジェクトで同僚から、「学問になるかならないところを攻めていますね」と言われたことがあります。まさに新しい学問を生み出す領域に挑戦することができました。助成期間で明らかになったことを出発点に研究を発展させ、これからの社会で広く使えるものにしていきたいと考えています。

他の研究者にもすぐに覚えてもらえるように、提案手法の名称には工夫を凝らした。「オクタゴン尺度」はその代表例にして成功例

先進科学の諸分野で活用可能な、汎用性の高い尺度が開発されることを期待しております。お忙しい中、長時間のインタビューにご対応下さり、ありがとうございました。