ELSIを考慮したナッジ手法の開発と評価:節水行動と食品選択を例にして
植田 一博 先生

東京大学 大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系 教授

適切な選択をするためには、正しい知識を持つことが大事なのですね。同時に、情報を発信する側は、その情報の提示の仕方が、個人の意思決定に大きな影響を与えるということを正しく認識して、社会に対する責任を負う必要があると、改めて感じました。

テレビや新聞、ラジオや雑誌などのマスメディアであれ、行政機関からのアナウンスであれ、そこには必ず、良くも悪くも発信者の意図が含まれています。私たちは常に、他者の思惑による誘導に晒されているのです。

しかし日本国憲法によって国民の「表現の自由」は保障されているため、情報の出し方、報道の仕方を規制することはできません。

では、どうしたらいいのか。はじめにお話ししたように、情報の受け手となる人々が、与えられた情報を鵜呑みにせず、認知バイアスを解消したうえで情報を取捨選択できるリテラシーを身につけることが重要なのです。そうした教育的アプローチを、私たちは「ナッジ・リテラシー」と呼んでいます。

ナッジ・リテラシーは世界中の学者が研究に乗り出している熱いテーマであり、遅れを取るわけにはいきません。将来的には、学校教育でナッジ・リテラシーを学べるような仕組みを構築したいと考えています。

報道の仕方を規制することはできないが、「ナッジ・リテラシー」を学べる社会になれば、人々が情報を正しく取捨選択できるようになるため、その仕組みづくりが急務

情報社会では、情報を受け取る側の教育が重要ということですね。ところで、このご研究では次々とアイデアを出し、実験で確認をされています。先生はどのようにして、新しいアイデアを生み出しているのでしょうか。

以前「創造的なアイデアを出す人」について研究したとき、面白いことがわかりました。その分野に詳しい専門家が必ずしも良いアイデアを出すわけではなく、むしろ、専門家と一般大衆の間ぐらいにいる、その分野に関心の高い、いわば一般ユーザが一番良いアイデアを出す傾向があったのです。

私も、普段から自分や他人の行動を振り返ったり、観察したりする習慣を身につけて、「こういう傾向がありそうだ」という引き出しを増やすことが、アイデア力を高めると考えています。

「木を見て森を見ず」という諺の通り、創造的なアイデアを思いつくには、物事にフォーカスしすぎるよりも、さまざまな要素を複合して考えられる能力が必要なのです。

「文楽の人形遣いは、声を出さず、どのようにイキを合わせているか」という研究も行った。さまざまな事象に対する傾向を知ることが、良いアイデアの源泉となる

最後に、本助成制度に応募した経緯をお教えください。

この助成制度のことは、領域代表者である藤垣裕子先生からのご紹介で知りました。藤垣先生は常々「ELSIの研究をもっと発展させるためには、理論だけでなく実験と絡めていくべきだ」とおっしゃっていました。ちょうどそのような実験をしていたこともあり、背中を押された、というわけです。

民間の助成制度や、民間との共同研究の場合、多くは出資する企業の意向を汲み、その企業の利益に繋がる結果をある程度は出さなくてはならないため、プレッシャーが大きいです。しかしセコム科学技術振興財団からは、そのようなプレッシャーはありませんでした。金額が大きいことはもちろん、のびのびと研究できる柔軟さがあり、ここまで研究を進めることができました。本当に感謝しています。

誰もが情報の発信者になれる今の時代において、とても貴重なお話をいただきました。先生のご研究によって、あらゆる情報に含まれているバイアスを人々が理解し、個人の自由意思によって社会的に望ましい選択ができる未来が訪れることを願っています。インタビューにご協力いただき、ありがとうございました。