ELSIを考慮したナッジ手法の開発と評価:節水行動と食品選択を例にして
植田 一博 先生

東京大学 大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系 教授

使用量が多い人・少ない人の双方に等しく節水を促す方法というのは、難しいですね。

次に考え付いたのが、東京都民を対象に、東京都を大きな水ガメになぞらえて「今週のあなたの使い方では、水ガメはこうなります」と、将来の貯水量をイラストで可視化する方法です。これは「水は共有財産なので、財産を共有している他者に配慮しつつ使用する必要がある」という社会規範に基づいて節水行動を促す試みです。

自身の現在の水の使用量から算定した、東京都の将来貯水量のイラスト(各参加家庭に、4段階の貯水量のいずれかを呈示)

東京在住の180名を、この方法で節水を呼びかけるグループ(社会規範群)と、他の人の水使用量と本人の水使用量を比較して節水を呼びかけるグループ、何も指示しないグループの3つに分けて、8カ月間、月2回の頻度で、各グループの節水行動の変化をモニタリングしました。すると、社会規範群が最も節水効果が高いという結果になりました。

これまで、社会規範に基づいて納税や節電に対するナッジの効果を調査した研究はありましたが、社会規範を利用して節水に関する研究で成果をあげたのは、私たちが世界で初めてです。論文発表後、海外諸国を含め水の少ない地域から問い合わせが来るようになりました。

世界初とは、すばらしい成果ですね。研究課題名にある「食品選択」については、いかがですか。

同じ評価対象であっても、情報の出し方や表現の仕方によって評価が変わってしまう現象を「フレーミング効果」といいます。例えば、多くの人はラベルに「脂肪25%」というネガティブな情報が記された牛肉よりも、「赤身75%」というポジティブな情報が記された牛肉のほうを高く評価することが先行研究で知られています。これは食品のラベルがナッジとして機能し、個人の意思決定に影響を与えている例だと考えられます。

そこで「オーガニック食品」を題材に、フレーミング効果による消費行動の変化や、フレーミング効果の影響を受けやすい人の特徴を確かめる実験を行いました。

まずは実験参加者に「オーガニック食品について自分は詳しいと思うか」という質問をした上で、特定のオーガニック食品をいくらで購入するかを尋ねます。次に、一方の実験参加者には、「オーガニック野菜の栽培過程では農薬を一切使っていない。YESかNOか?」といったクイズ形式の設問に答えてもらい、答え合わせをして正しい知識を提供します。残りの実験参加者には、クイズ形式の設問に答えてもらうだけで、正しい知識は提供しません。その後にもう一度、先ほどのオーガニック食品をいくらで購入するか尋ねました。

その結果、正しい知識を得た人の多くは、購入する値段が下がりました。また、実際には知らなくて、クイズ形式の設問には正しく答えられなかったのに「自分はオーガニック食品について詳しい」と答えた人ほど、はじめの設問で高い値段をつける傾向があることもわかりました。

つまり「自分はその対象について詳しい」と錯覚している人ほど、実は誤った理解のためにフレーミング効果の影響を受けやすいのです。

「赤身牛肉」「減塩」「人工甘味料不使用」など、さまざまな謳い文句が溢れる中で、語感の印象に惑わされず、事実を知った上でその商品を選択することが大事