
九州大学 大学院 芸術工学研究院環境設計部門 教授
助成期間:令和5年度~
1994年3月九州大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了後、同年4月から東洋建設株式会社技術研究所研究員として、高強度材料を用いたRC部材の実験研究などに従事。1998年4月から九州芸術工科大学芸術工学部助手、九州大学大学院芸術工学研究院助手などを経て2004年4月、博士(工学)。同年7月より九州大学大学院芸術工学研究院助教授、准教授を経て2023年1月より現職。
私は小さい頃から、絵を描いたり、プラモデルを組み立てたりなど、手を動かして何かを作るのが好きでした。
大学で「ものづくり」に携われる学問はないかと探していた時に、工学部で建築学が学べることを知りました。数学など理系分野にも関心があったため、自分には合っているのではないかと思い、進学を決めました。
また、大学入学当時はバブル全盛期で、幕張メッセなど大規模な建築物が次々に建てられていました。自分も将来は建築家としてスケールの大きな建築物の構造設計に携わりたいと考え、建設工学科に進み、構造系の研究室に入りました。建物が安全に使用できるよう、構造について研究・設計する分野です。
結局、建築家にはなりませんでしたが、試験体を作成して実現象を再現する作業が多いところに惹かれて、鉄筋コンクリート(以下、RC)構造をテーマにした研究に取り組むようになりました。
2016年4月中旬に発生した熊本地震がきっかけです。私は日本建築学会の災害調査委員会のメンバーとして被災建物を調査し、個人的な研究テーマの一貫として被災したマンションの詳細調査を行いました。
この時に多発していたのが、ピロティの地震被害です。ピロティとは、1階部分を柱のみで構成し、壁や間仕切りを設けない吹き抜けの空間のことです。建物全体が長い柱で持ち上げられ、1階部分が壁のない広い駐車場や自転車置き場になっているマンションを想像してみてください。特に旧耐震基準で設計され、耐震改修がなされていないRC造共同住宅において、上階を支持するピロティ柱がせん断破壊(部材の断面に沿って互いにずれるように作用する力がはたらいて生じる破壊)ないしその直前まで至った事例が多く見られました。そのほか、新耐震基準により設計された建物では、曲げ破壊(部材が曲がる力によって生じる破壊)が少なからず見受けられました。
特にせん断破壊は、予兆が少なく急激に壊れるため、ひじょうに危険です。震災後の住民の安全を守るためには、RC柱の被害状況を迅速に把握し、その後の方針を決める必要があると感じました。
熟練した専門家が、現地で被災度区分判定を行います。しかし、専門家は不足しており、高齢化が進んでいます。特に地方で地震が発生した場合、迅速な被害調査の実施は著しく困難です。
また、仮に被害調査がなされた場合でも、現地の人々との間で認識のずれが生じる場合があります。専門家が「このマンションは安全」と判定し、調査結果を受け入れた管理組合が住民に「ここで生活を続けても問題ない」説明しても、住民は「いつ倒壊するかわからない」「家が“傷物”になった」という不安や不満ゆえに、本格的な修復や建て替えを希望する。そうして合意形成が滞った結果、建物全体の復旧が遅れてしまう。そのような事態も起こりうるのです。
熊本地震で調査を行ったマンションでは、共用廊下側のRC非構造壁の破壊が共通して見られた。はい。地震被害調査のデジタルトランスフォーメーションを行い、客観的に被災度を推定し、危険性の高い建物を見極めるスクリーニング技術を開発する必要があります。
そこで私は、非専門家が携帯端末などのカメラで撮影した地震被害写真から、画像識別に長けた深層学習モデルであるCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を使って、被害が多発しやすいピロティのRC柱を検出し、損傷度を識別する手法を提案しました(下図参照)。損傷度は、日本建築防災協会の6段階の損傷度(0~V)に準拠します。
一定の正解率は達成しましたが、損傷度Ⅲ前後の破壊に関しては、識別の精度を向上する必要がありました。特に、部材の破壊以前に相当する損傷度Ⅲ以下の破壊は、画像識別のみでは困難であるとわかりました。
また、特に危険度の高いせん断破壊の特徴を表す地震被害写真のみを学習させたため、曲げ破壊など、せん断破壊以外の破壊パターンを示したRC柱の損傷度を精緻に識別するには至っていませんでした。
そこで本研究では、これまでの研究を土台に、これらの課題の解決と、損傷度推定能力の向上に取り組みました。
損傷度推定性能の向上に取り組むにあたり「残留ひび割れ幅」に注目しました。これは地震後に壁や柱などの部材の表面に残るひび割れの幅のことで、先述の損傷度判定の指標として用いられています。
また、損傷度Ⅲ以下の被害を精緻に推定するためには、ひび割れの長さにも着目する必要があります。
そこで、地震被害写真から深層学習と画像処理によって残留ひび割れを1本ずつ識別し、その幅や長さなどを測定することで、RC柱の損傷度を推定する仕組みを構築しました(下図「課題2の解決法」参照)。
なお、ひび割れの検出や画像処理を自動で行うために「ひび割れセグメント」の抽出方法を考案しました。
深層学習モデルを活用した地震被害写真に基づくRC部材の損傷度推定