南海トラフ地震の事前情報発表時における組織の対応計画作成支援パッケージの開発
福島 洋 先生

東北大学 災害科学国際研究所 災害理学研究部門 准教授

先生はなぜ、地震や災害に関するご研究を始めたのですか。

そもそも、地球のことが物理法則で理解できることが面白いと思って東北大学で地球物理学を専攻することにし、研究室配属時に身近に感じられた地震学を選びました。修士課程の途中で、核実験を監視する部署がある包括的核実験禁止条約機構のことを知り、修士号取得後にウィーンにあるこの国際機関で2年半ほど働きました。そこでは、地球で起こる、人為的なものも含む地震や海中での爆発等を把握するため、地震波・水中音響波などを使って震源の場所や発生時刻を特定し、リスト化する業務に従事しました。その後、フランスのパスカル大学(現クレルモン・オーベルニュ大学)で博士課程に編入学し、火山のマグマ移動に関する研究を行ってPh.D.を取得しました。

その後、京都大学防災研究所で教員の職を得ましたが、京都大学に勤めていた2011年に東日本大震災が発生し、自分を育ててくれた仙台、東北大学に戻りたいと思う気持ちが芽生えました。また、震災を契機に自分の興味は専門分野の研究の外にも広がったのですが、そのうち、研究や教育と少し違った形で自分を試してみたいという気持ちも生まれてきました。

ちょうどその頃、東北大学にリサーチ・アドミニストレーションセンターという組織が設立されました。そこに「自分の経験や知識を生かしつつ、大学の研究力向上のための仕事ができそうだ」という魅力を感じ、東北大学に戻って、この組織で働くことにしたのです。
 

リサーチ・アドミニストレーションセンターでの業務は、その後のご研究にどのような影響をもたらしたのでしょうか。

主な業務は、大学の研究力分析でした。研究の成果というものは、学術論文の発表状況や、競争的研究資金の獲得状況で、ある程度測ることができます。これらのデータを分析していると、大学で行われている様々な分野の研究活動の特徴が見えました。中央官庁への情報収集や、新分野開拓のための研究プラン立案の手伝い、あるいは事務部門と一緒に研究推進方策の検討などもやりました。これらの仕事をする中で、大学にあるすべての研究科や研究所などの部局や事務部門の部署で、どのようなことが行われているかを知ることができました。

2年ほどしてから、いま所属している災害研(災害科学国際研究所)の職に空きが出て、後任の公募情報が出ました。災害研は、東日本大震災大震災の後、巨大災害を二度と繰り返さないことをミッションに掲げて設立された新しい研究所で、いろいろな分野を専門とする研究者が集まっていました。ここなら「学際的な連携」をして、自分が情熱を感じられるような新しいことができるかもしれないと思い応募した結果、採用してもらい、今に至ります。

座ると筋肉が固まり、思考も固まる。そのため研究中はほぼ一日中、立位のままで精力的に仕事をこなす

最後に、特定領域研究助成に応募した経緯と感想を教えて下さい。

2016年11月に、ニュージーランドでM7.8のカイコウラ地震が起こりました。この地震は、基本的には地殻内部の活断層を破壊した地震だったのですが、このあと、普段は別々の時期に付近のプレート境界面で起こっていたゆっくりすべりが同時多発的に活発化したという「事件」がありました。災害研はニュージーランドの研究機関と共同研究を行っていたこともあり、現地では異常事態と捉えられていて、研究機関と行政当局の間で情報共有が進められているといった情報も入ってきました。

ある先生が「このような異常現象が観測されたときにどのように対処すべきかは、総合的な災害科学として検討すべき重要なテーマではないか」と問題提起をされ、それでは勉強会をやりましょう、と言い出したのが私でした。災害研に着任後のわずか3カ月後に、いきなり学際的な勉強グループのとりまとめをすることになったわけです。

巨大地震発生が懸念されていた南海トラフ地域では、過去に時間差を置いて地震が連発する事例があったことは以前からよく知られていましたし、同地域ではスロースリップも頻繁に起こっていますから、南海トラフ地震にターゲットを絞って勉強会を行うことにしました。ちょうど、国でも臨時情報の仕組みの整備につながる本格的な議論がこの頃に始まっていました。

その後、勉強会の成果を今後どのように研究として深堀りしていこうかとメンバー間で考えていた時、災害研の所長である今村文彦先生から、既知の間柄であった防災分野の領域代表者である金田義行先生からこの特定領域研究助成のことを聞いた、との情報をもらい、応募することになりました。

採択された日のことは、よく覚えています。10人以上の異なる分野の研究者から成るグループなので、研究計画をまとめるのに相当苦労をしたのですが、苦労が報われたと思いました。応募した中では、相当異質な計画だったのではないかと思いますが、審査員の先生方には、勉強会を通じて積み上げた学際的な連携のことをわかっていただいて、やらせてみるかと思ってくださったのだと思います。

本研究助成は、単に研究資金を助成してくれるということにとどまらず、広い視野から研究推進に有用なアドバイスを下さる仕組みがあります。最初に参加した助成金の贈呈式では、防災分野のみならず、ELSI分野の採択課題についても広く紹介があり、これまで出会う機会がなかった異分野の優秀な方々とポスターを使ってディスカッションをし、交流を深めることができました。防災分野のワークショップもやっていますし、金田義行先生は大変お忙しい中、サイトビジットとして、すでに遠い仙台市内の当研究所を2回も訪れてくださっています。そのたびに有益なディスカッションができ、新しいアイデアが閃いたり、問題点が整理できたりしました。

新型コロナウイルス感染症の影響で、研究者同士の交流や遠方の学会への参加が制限される中、助成金の使途変更にも柔軟に対応いただけるなど、とてもサポーティブな制度だとありがたく思っています。これから申請を検討されている皆様にも、ぜひとも活用いただき、ご自身の研究を大いに前進させていただければ、と願っています。

東北大学・災害科学国際研究所前にて。東日本大震災の被害を受けた仙台で、文理の枠を越えた多人数研究プロジェクトを進めていくことには大きな意義がある

長時間の取材にご協力いただき、ありがとうございました。南海トラフ地震が発生する前に、少しでもキー組織の連携体制が整うよう、「対応計画作成支援パッケージ」の完成を心待ちにしています。