九州大学 大学院 工学研究院 社会基盤部門 構造解析学研究室 准教授
このシミュレータは、ヘッドマウントディスプレイと歩行コントローラを用いています。これまで大学で公開講座を3回行い、さらにNHK福岡の一般市民向け講座での出張講義、理化学研究所の一般市民向け講座の防災講座としても実施し、のべ300人程度の方々に体験していただきました。
ヘッドマウントディスプレイをつけてもらうと、立体的に見えるビルの間、しかも複数方向から津波が襲ってきて、近くにある歩道橋の上に全力で逃げなければ飲み込まれてしまうという状況が、映像と音でリアルに感じられます。避難体験は、足に装着した歩行コントローラで行います。
被験者からは「津波の脅威をより実感できた」など、ポジティブな意見をいただきましたが、 必要以上に恐怖を与えるとパニックに繋がりますし、脅威の度合いを小さくして「大して怖くない」と誤解させてしまったら、実際に津波が発生したときに避難せず、逃げ遅れてしまう可能性が出てきます。
そうです。リアルさも大事ですが、「避難しなければいけない」と納得し、防災意識が高まる映像でなければ意味がありません。そのために物理計算を介して、さまざまな調整を行っています。
本装置は2019年の九州大学大学祭時の公開講座における市民向け防災教育を通して、有効であることが確認されました。ですが本研究では、防災訓練による一般市民の防災意識の向上だけではなく、行政側にも、あらゆる津波や豪雨のシナリオを想定した防災計画を立案させることを目指しています。そこで、本シミュレータを各自治体で配備してもらうため、当初は高価な歩行コントローラを使っていましたが、安価な歩行コントローラでも動作するよう対応しました。
また、装置一式を東北大学・災害科学国際研究所に設置し、VRを通した災害時の心理分析への応用も開始しました。仮想空間で津波に襲われそうになった時、避難行動を呼びかけるアナウンスの変化によって人々の行動や心理状態がどのように変化するのか、実証実験を行っています。
はい。加えて、スマートフォンのAR(拡張現実)を活用した擬似水害体験アプリの開発にも取り組んでいます。アプリ開発を担当するのは、共同研究者の板宮朋基先生(神奈川歯科大学教授)です。
このアプリでは、画面に表示される通常の景色に、解析結果から得られた浸水の様子が反映され、実際の災害時と実質同条件下で避難訓練を行うことが可能になります。さらにGPS機能によって現在地を把握し、最も近い避難場所を検索・表示します。また、その避難所に実際に避難した人が「ここは大丈夫」という信号を出し、アプリで共有することで、避難所の安否まで確認できるシステムです。
浸水する様子の映像化はまだ未実装ですが、現在地から近い避難所を表示し、安否を確認できるレベルまでは試作が進んでいます。
粒子法を用いれば可能です。水だけでなく、破壊されて流される建造物や車も粒子として仮定することで、粒子ひとつひとつの動きを解析できます。例として、コップに水と一緒に注がれるウサギのおもちゃの動きを、数値解析によって再現しました。これは一見遊んでいるように見えるかもしれませんが、原理的には津波に揉まれるがれきの動きに応用することが可能となります。
ただし都市全域の津波被害シミュレーションとなると、スーパーコンピューターを用いてもかなりの時間を要します。災害時にはあらゆる条件に対応する必要があるので、全ての可能性を考慮して解析するためには、1万通り以上のシナリオを想定しておかねばなりません。しかし、現在行われている災害時の想定シナリオ数は20〜30通りであり、本来必要なシナリオ数と比較すると、ごくわずかです。
そこで1999年の博多駅の水害をモデルとして、効率的な解析を実現するサロゲートモデル(高詳細な解析の代理をする縮約化したモデル)を作成しました。サロゲート化する前の高詳細な解析では、降雨損失モデル、表面流出モデル、管内水理モデルの3つの要素からなり、地表面と下水管網、そしてマンホールをリンクすることで、地表面と下水道環境の流れを一体的に解析することができます。サロゲートモデルは、以上の詳細な解析の解をほぼ同程度の精度のまま、高速に解析ができる手法です。
これは、災害時においては高精度の解析によって数十シナリオを想定するよりも、少し精度が落ちたとしても、おおよそ正しいシナリオを1万通り想定するほうが、より実用的であるという考え方に基づいています。
一方で、建造物が津波に揉まれるといった高精度の計算が求められる場合などは、1シナリオに対して時間をかけて解析します。ケースによる使い分けが肝要であると思っています。