多階層性モデルによる肥大型心筋症のリスク予測法と新規治療法の開発
吉田 善紀 先生

京都大学 iPS細胞研究所 増殖分化機構研究部門 准教授

現在、研究はどこまで進行していますか。

試験管内の組織レベルでは、評価するシステムを作ることができました。iPS細胞から作った心筋細胞を、円柱状の試験管内で固めると、心筋組織が形成されます。

また、免疫不全マウス(ヒトの細胞を導入しても拒絶反応を起こさないマウス)の心臓にヒトiPS細胞を入れることで、マウスの心臓内でヒト心筋細胞を6ヶ月間生着させることに成功しました。これには、2016年に我々が報告した「細胞移植に最適化した分化心筋細胞を、免疫不全マウスの心臓へ移植するシステム」を用いました。

これまで、生体内での肥大型心筋細胞の作製モデルは存在しませんでした。マウスの心拍数は600/分、人間の心拍数は多くて150−180/分という乖離がありますが、組織レベルよりも生体内のほうが病気のモデルとしては近いため、発展的な研究が可能になります。今後は、さらに人間の病態に近い環境で実現することを目標にしています。

免疫不全マウスの心臓にヒトiPS細胞を生着させることで、発展的な解析が可能になる

生体内レベルの評価系が実現すれば、試験管内での評価系を作る必要はあるのでしょうか。

試験管内で心筋組織を作製するメリットはあります。化合物スクリーニングなど、多くの種類の化合物から効果のある化合物を探す場合などは、試験管内での検証のほうが向いています。生体内レベルでは、より人間の病態に近い環境を再現することができますが、多数の化合物を用いてスクリーニングをする場合などは、コスト面や研究効率を考慮すると、試験管内での実験の方が適しているのです。

現在は、リスクの高い肥大型心筋症(HCM)の患者のサンプル数を増やすことで、遺伝的多様性を比較できる評価系の構築を目標にしています。細胞・組織・生体内という多階層での疾患モデルを構築することで、より詳細にHCMを研究することができるのです。

HCMの評価系として、遺伝子レベルだけではなく、心臓壁の膨らみ方や部位などの形態面からリスクを評価することはできるのですか。

ヨーロッパでは、形態から患者のリスクを評価する研究が進んでいます。私も、遺伝子レベルと形態面の両方から評価することが大事であると考えています。先ほど、膨らむ部位によってリスクが異なると申し上げましたが、同じ変異なのに、なぜ膨らむ部位が異なるのか、まだ謎が多いのが現状です。

また、拡張型心筋症という病気も存在します。これは、逆に心臓壁が薄くなり、ポンプ機能が低下することで、心不全に移行する疾患です。HCMとの関連性など、解明すべき課題が山積しているのが現状です。

今回の研究方法は、拡張型心筋症のような、他の心臓病にも応用可能でしょうか。

遺伝子に病因があるものであれば、同じシステムを応用できます。iPS細胞に遺伝子変異を導入するゲノム編集技術を合わせることにより「同じ人物の細胞に異なる遺伝子変異を導入した場合」や「同じ遺伝子変異を異なる人物に導入した場合」などの操作が可能になります。ヒトの細胞に種々の遺伝子変異を導入する研究を個体レベルですることはできませんが、ヒトのiPS細胞に遺伝子変異を導入してどのような変化が起こるかを調べることは可能です。iPS細胞と、遺伝子変異を導入するゲノム編集技術は、相性がよいと言えます。