理化学研究所 生命医科学研究センター 炎症制御研究チーム チームリーダー
最初はエサの違いが原因と思い、PDLIM2欠損マウスに、ハーバード大学で使用していたものと同様のカロリーが高めの食餌や、脂肪含量が多い食餌を与えてみましたが、決してハーバード大学で見られたような脂肪肝の病変を再現することはできませんでした。
研究を続けるものの、特に進展がないまま10年の歳月が経ちました。この時はかなり精神的に辛いものがありました。そして、行き着いたのが「腸内細菌」でした。
マウスの腸内細菌は、マウス施設ごとに異なります。特に、米国のタコニック社製のマウスは、炎症反応が強いことで有名であり、ハーバード大学で使用していたマウスも、タコニック社製でした。
2012年、理化学研究所でPDLIM2欠損マウスを無菌化し、アメリカから輸入したタコニック社マウスの腸内細菌を移植したところ、はじめてマウスの肝臓が白くなりました。この実験で、タコニック社の腸内細菌がNASH発症と関係していることが証明できました。長年の研究が実を結んだ瞬間でした。
しかし、雄マウスはタコニック社の腸内細菌でNASHになりますが、雌マウスはならないなど、まだ謎が残りました。内分泌系が関係しているのかもしれません。
「この条件で飼育すれば、このような結果になる」という因果関係しか判明しないのでは、明確な治療法を構築することはできません。そこで、特定領域研究助成の申請に至りました。
既に申し上げたように、タコニック社マウスの腸内細菌がNASH発症に関係していることはわかりました。しかし、この腸内細菌が、どのようなメカニズムで肝臓の病気であるNASHの発症を引き起こしているのかは、まだ解明されていません。
そこで、ひとつの仮説を立てました。「腸内細菌の変化が、腸管のバリア機能(腸内細菌や代謝物の身体への流入を防ぐ機能)を破綻させ、それが門脈を通って肝臓まで到達し、肝臓で炎症を起こすことでNASH発症に至る」というものです。本研究では、この仮説を検証します。
まず、4種類のマウスを用意します。①理化学研究所の腸内細菌を有した、NASHを発症しない野生型マウス、②理化学研究所の腸内細菌を有した、NASHを発症しないPDLIM2欠損マウス、③タコニック社マウスの腸内細菌を有した、NASHを発症するPDLIM2欠損マウス、④NASHを発症しない野生型マウスです。これらのマウスの糞便中の腸内細菌を調べ、NASH発症に関わっている腸内細菌を同定します。
次に、NASH発症に関与する腸内細胞代謝物を同定するため、腸管から肝臓までの経路にある各組織を対象に、血中に流入した代謝物、および腸内細菌の菌体成分を調べます。これはメタボローム解析といって、代謝物(糖や有機酸、アミノ酸、脂肪酸など)を網羅的に解析する手法です。
そう考えてよいと思います。そこで、肝臓の炎症にPDLIM2がどのように関与しているのかを調べるため、腸間膜のリンパ節や、肝臓の肝細胞、クッパー細胞(肝臓内に存在する白血球の一種)などの細胞や組織からRNAを採取し、遺伝子発現を網羅的に解析します。これをトランスクリプトーム解析といいます。
しかし、腸内細菌の変化、代謝物、遺伝子発現を個々に解析するだけでは、NASH病態の解明は難しいでしょう。腸内細菌の変化だけではなく、PDLIM2遺伝子の欠損という免疫系の異常、高脂肪食による代謝異常、性差による内分泌系因子など、複数の要因が加わることでNASHは発症していると考えられるからです。
このような病態を解明するためには、それぞれの要因がどのように影響を及ぼし合っているのかを、知る必要があります。
そうです。遺伝子変化から遡っていくことで、多階層で起きている変化を一連のものとして繋げ、解析するのがトランスオミックス解析です。そうして最終的に、どの要因が相互作用を起こし、どの変化がNASHの発症に最も強く関わっているのかを明らかにします。