Physical Reservoir Computingにおける数理基盤の構築
中嶋 浩平 先生

東京大学 大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 准教授

従来の計算機と比較して、PRCでは新しい計算能力が得られるのでしょうか。

計算タスクを解く、という通常の能力に加えて、PRCでは、リザバーの物理的特性に付随したまったく新しい評価軸が投入されます。

例えば、従来の計算機は放射線暴露下では壊れてしまいますが、スピントルク振動子という磁石を使ったPRCは、放射線耐性があることが議論されています。あるいはレーザーを使えば、計算速度が大幅に速められます。物理系を工夫すれば、エネルギー効率がいい計算機も考案できるでしょう。PRCは「計算における多様性」という、これまでにない可能性を秘めているのです。

PRCは非線形力学系を利用するため、通常のニューラルネットワークと式がまったく異なる。その特性を活かし、非線形力学系の様々な定理を効果的に応用した計算機も設計できると考えている

リザバーに物理系を使う意義はそこにあるのですね。それでは、先生の発案されたソフトロボットを利用したPRCにはどのような特性があるのでしょうか。

ロボット工学では、embodimentという概念があります。計算や制御の一部が物理系にアウトソースされているという考え方で、逆に言うと、身体そのものが計算や制御に使える、ということでもあります。

私自身はソフトロボティクスの視点からembodimentの重要性を実感しており、それを実装できるのがPRCだと考えています。計算がボディデザインに組み込まれる仕組みを、PRCは定量的に扱えます。タコロボットでは、embodimentとリザバーが掛け合わされて、新しい計算手法が編み出されたということですね。

これからのご研究の展望を教えてください。

いまPRCの分野には多くのフロンティアが見えていますから、学習パフォーマンスの向上も含めて、どんどん取り組んでいきたいです。

一方で、「物理系が計算能力を持っている」という事実が何を意味するかも追求したいです。自然界の現象を、従来の微分方程式的な見方に加えて、情報論や計算論の視点で捉え直すことができるのではと考えています。それが計算機として使えるかどうかよりも、新しい視点で理学を再構成するという大きな可能性に興味が湧いています。

最後に、セコム科学技術振興財団の研究助成を受けたご感想を教えてください。

基礎的な理論から実装までの展望をよくご理解いただいたことに、とても感謝しています。社会実装に関わる研究は、「何に使えるのか」、「どの計算機のパフォーマンスがいいのか」など、結果を早急に求められることも多いのですが、「PRCとは何か」を根底から理解し数理基盤を構築することは、今後さらにPRCを展開するために欠かすことのできないプロセスです。この特定領域研究助成に採択されたおかげで礎となる研究に時間をかけて取り組むことができ、PRCの将来が大きく広がったと感じています。

とても懐の深い助成制度なので、これから助成を受ける若い方にも、表面的なパフォーマンスに一喜一憂するのではなく、本質を探求してほしい。それが、助成の趣旨とも一致するはず

PRCは計算機の可能性を広げるだけでなく、自然科学の理解に新しい展開をもたらしうることが分かりました。
お忙しい中インタビューにご対応いただき、ありがとうございました。