障害への統合的に高い頑健性を有する動的システムを構築する為の数理的基盤探索
森野 佳生 先生

九州大学 大学院 総合理工学研究院 エネルギー科学部門 准教授

先生が新たに注目しておられる「時間変動する動的システム」とは、どのようなものですか。

これまでは、素子がどれだけ壊れたらシステムが破損するかについて議論してきました。この問題には実は2つの時間スケールがあります。素子が壊れていく時間スケールと、動的システムが壊れていく時間スケールです。動的システムが壊れるまでの時間が、素子が壊れていく時間よりも十分早ければ、素子が壊れていく時間スケールは無視できます。しかし、実際には無視できない場合もあり得ます。

システムが時間変化している間に因子(パラメータ)が変化して、当初の収束状態と異なる状態に収束することによって起こる転移は「rate-induced transition」として知られ、複数の分野で研究が進められています。

太陽光発電や風力発電では、雲や風の短時間の変化で出力が変わってしまい、当初の予定した発電状態と異なる状態になってしまうことが考えられる。これもrate-induced transitionの一例として報告されている

どのようにしてシステムの頑健性にrate-induced transitionの概念を導入されたのですか。

各素子が正常か破損しているかを示すパラメータは、従来は時間的に変動しませんでしたが、これらを時間的に変動するようにして導入しました。正常と破損の状態が時間とともにランダムに切り替わるモデルシステムを検証した結果、変動しない場合よりも頑健性が低下することを理論的解析や数値計算による解析によって示すことができました。

Rate-induced transitionによるシステムの弱体化を発見したことは一つの成果ですが、次の疑問は「では、なぜ弱くなるのか?」です。検証を進めた結果、正常素子が「破損」に切り替わってから振動が弱まるまでの緩和時間と、破損素子が「正常」に切り替わってから振動が強まるまでの緩和時間に大きな差があることが、システムが従来の場合よりも弱体化する原因だとわかりました。このように疑問に対して答えを見つけ、その原因を理解することで定性的な理解が進みます。パラメータを変化させると頑健性がどう変わるのかという新しい問題に自分で模索する軸を作り、その軸に沿って調べていくプロセスは研究の面白さを強く感じるところです。

セコム科学技術振興財団の研究助成に応募された経緯と、助成の感想を教えてください。

多くのファンドでは求められる方向性が定められており、数理的な研究もそのテーマに合わせて研究のゴールを設定することが必要になりがちです。その中で、募集領域に「数理」という言葉が掲げられているのは、この研究助成の大きな特徴だと思います。数理そのものに対する純粋なモチベーションを前面に出せることが、とても魅力的だと感じました。

採択していただいて助成が始まったときは、これまでの研究を新しい軸で進める段階でもあったので、自由度の高い本助成には非常に助けられました。同じ領域の助成研究者の方々との交流会では、活発な意見交換ができることも非常に有益です。この3年間の研究で見えてきたことを、今後さらに発展させたいと思っています。

この研究で得られた知見を生かし、システムの異常検知や、頑健性の高いシステムの設計に踏み込んでいきたいと語る森野先生

先生が構築された理論のさらなる展開を祈っております。研究のプロセスもご解説いただき、数理工学への関心が深まりました。お忙しい中インタビューにご対応いただき、ありがとうございました。