障害への統合的に高い頑健性を有する動的システムを構築する為の数理的基盤探索
森野 佳生 先生

九州大学 大学院 総合理工学研究院 エネルギー科学部門

先生が動的システムに着目されたのはなぜですか。

生体内には周期的に振動する素子(振動子)が多くあります。例えば拍動を生み出す心筋細胞もその一つで、これらがネットワークを形成して心臓という動的システムを作ります。注目すべきは、素子同士の相互作用です。単体では止まってしまう素子が周りの素子に助けられて動く場合もあれば、本来なら動けるはずの素子が劣化した素子に囲まれたために動けなくなる場合もあります。

振動子の性質は物理学においても研究されてきました。2004年には大同先生らにより、正常な素子と劣化した素子の混在する振動子結合系の振る舞いが「エイジング転移」として理論的解析が報告されました。

私がエイジング転移を知ったのは卒論生の時です。非常に面白く感じましたが、当時は自分の研究として発展させる具体的な方法をイメージできませんでした。

エイジング転移をシステムの頑健性に取り入れることは、いつ着想されたのですか。

2010年にBuldyrevらにより、複雑ネットワークの分野においてイタリアで起きた大規模停電を基にした解析が報告されました。この論文は、電力システムが電線からなる「電力網」とそれらを制御する「通信網」という2層のネットワークで構成されていることを指摘した上で、破損が層を行き来して伝達されることで最終的にシステム全体に破損が広がることを示したものです。

層構造を持つネットワークでは破損の伝達に本質的な違いがあるという事実は、私にとって非常に衝撃的な報告でした。このときに、エイジング転移という動的な破損と複雑なネットワークシステムの構造とを組み合わせれば、頑健性を理解する新しい道が拓けると閃きました。それまでのエイジング転移に関しての解析は全結合ネットワークや碁盤の目のように規則的なネットワークに関するものがほとんどだったからです。

層構造のネットワークにエイジング転移の理論を導入し、新しい頑健性の概念を提案した

それまで、ネットワークの分野では、素子の劣化はどのように認識されていたのですか。

ネットワーク科学の分野ではネットワークの形に着目していたため、各素子が正常か壊れているかを区別するだけであり、破損素子はネットワークから取り除かれていました。これに対して、破損素子が周りの足を引っ張り続けるのが、エイジング転移における動的な考え方です。

エイジング転移の考え方を拡張して層構造ネットワークの頑健性を調べると、破損素子の層間での位置が揃う場合の方が、異なる位置の素子が壊れる場合よりもシステム全体の頑健性が強いことがわかりました。

各層での破損素子の比率は同じでも、破損素子の位置の違いによってシステムの頑健性が異なることを解明した

また、SNSの繋がり方としても知られるスケールフリーネットワークでは、ハブとなる素子を取り除けばネットワークの構造を簡単に分断できるということが知られていました。ところが、エイジング転移の考え方をスケールフリーネットワークに拡張すると、他の素子とつながっていない低次数素子から破損させた方がシステムの頑健性が低いという逆の現象を発見しました。低次数素子はハブとなる素子よりも活動度が高いため、低次数素子の破損はハブとなる素子の破損よりも動的システム全体への影響が大きいことがわかりました。このように動的なシステムでは従来とは異なる発見が色々とありました。

スケールフリーネットワークでは、つながりの少ない(低次数)素子を選択的に攻撃した方が頑健性が低下する