社会課題解決のためのアントレプレナーシップとそれを支えるチームワークに関する研究
前田 貴洋 先生

琉球大学 人文社会学部 国際法政学科 政策科学講座 准教授

逆に、イノベーション行動を阻害する要因としては、どのようなものがあるのでしょうか。

多くのインタビュー対象者が、アントレプレナー自身の心理的障壁を、重要な阻害要因として挙げました。つまり「個人レベルで何か新しいことに取り組んでも、現状は変えられない」という思い込みが、イノベーションを阻害しているのです。

制度や規則などの厳格さや、財源や人的資源などの希少性よりも、心理的障壁が大きく影響するとは、意外です。

はい。確かに行政職員は異動のスパンが短く、継続して新規事業に取り組むことが困難です。また、行政組織そのものが基本的に「潰れない組織」であるため、変化への対応が遅れる傾向にあることは確かでしょう。

しかし、その反面、行政組織は当該地域に対して多大な権限を有しており、幅広いネットワークを構築できるメリットがあります。新規事業を興すにあたり、恵まれた環境にあるのです。

また、インタビュー調査ではどの自治体にも「新規事業に積極的な職員が一定数存在する」という回答が得られました。実証的に裏付けを行う必要はありますが、本研究から得られるチームワークに関する知見は、そうした現場のモチベーションをイノベーションに繋げる一助となると見込んでいます。

ありがとうございました。今後の研究予定について教えてください。

これまでのインタビュー調査で得た知見に一般性があるのかどうかを検証するため、地方公務員を対象にオンライン調査を実施する予定です。最終的には、その結果を計量分析し、行政職員の職位や職務内容、人間関係、学歴などがイノベーションに与える影響について調べたいと考えています。

また、行政職員をとりまく人間関係も、イノベーションに大きな影響を与えている可能性があります。そのため、行政組織におけるアントレプレナーのネットワーク分析にも取り組む予定です。こちらに関しては、ネットワーク分析を専門とする共同研究者を中心に進める所存です。

これまでのご研究で、とくに苦労されたことは何でしょうか。

インタビュー対象者へのアプローチには、苦労しました。傑出した成果を上げた行政職員を探すことはもちろん、業界内ではご高名な職員であっても、ご本人に直接アクセスすることが困難な場合が、多々ありました。しかし、自治体や所属部署に問い合わせれば、業務の妨げになってしまいます。多くの自治体は多忙であり、研究の意義や目的が不明瞭であったり、効果が未知数の研究に協力するだけの余裕はありません。それでも、アプローチに成功し、本研究の意義を理解してくださった行政職員のほとんどは、快く協力してくださいました。

研究チームに現職の公務員が参加してくれたおかげで、そのメンバーのネットワークを活用して、スムーズなアクセスが可能になった

最後に、先生が本助成に申請されたきっかけについて教えてください。

この特定領域研究助成については、共同研究者の森川想先生から教えていただきました。チームワークというテーマは未開拓であると同時に、たいへん画期的かつ魅力的であり、私を含めてメンバーの関心にも合致していたことから、申請を決意しました。

研究の傍ら、領域代表者の堀井秀之先生が主催する月1回のオンライン研究会に参加させていただいています。実は行政学には固有のアプローチが存在せず、隣接分野の概念や手法を応用して研究が進められます。にもかかわらず、これまで他分野の研究者と接する機会は多くありませんでした。この研究会で他の研究者の講演を聴講したり、ディスカッションをすることは、大いに刺激になっています。

3年間にわたって手厚く助成していただいたことで、自分の目指す方向が定まりました。研究者として大きな一歩を踏み出すことができ、心から感謝しています。

民間の研究助成制度には文系分野を支援するものが少ないため、当該テーマの助成制度は、本分野の研究者にとって大変心強いものだった

チームワークに関するご研究が、行政におけるイノベーションの実現に大きく資することを期待しております。
長時間のインタビューに応じてくださりありがとうございました。

前のページへ先生の所属や肩書きは取材当時のものです。