毛髪を用いた恒常的な心理状態の把握とストレスレジリエンスの向上を目的にしたフィードバックや継続的ケアの実現
大平 雅子 先生

滋賀大学 教育学部 教授

それでは、これまでのご研究について、詳しく教えてください。

1年目には、80名の被験者を対象に、質問紙を用いてストレス認知とコーピング、QOL、マインドセット等の評価を行い、その上で30日間にわたって気分・体調調査、Fitbitなどによる脈波・活動量計測を実施しました。また、期間終了後には、被験者の毛髪を採取してストレス関連物質を分析しました。

その後、上記の計測データや調査結果を統合的に分析して、関係性の強い変数の組み合わせや、毛髪中に蓄積されたストレス関連物質量の推定に有用な計測データ群を探索しました。

毛髪中に蓄積されたストレス関連物質の量を推定する数理モデル/アルゴリズムが開発できれば、そこから被験者の恒常的な心の状態を、非侵襲的に推定できるようになります。

毛髪の分析結果から心の状態を直接評価するのではなく、様々な計測データや調査結果から「心の状態を予測する」 ということでしょうか。

そうです。メンタルヘルスの悪化に備えるためには、ある程度頻繁に毛髪中のストレス関連物質の分析を行い、心の状態を把握する必要があります。しかし、それには莫大なコストがかかります。

また、1人分の毛髪の分析には1週間~10日かかります。そのため、広く実施することは著しく困難です。

他分野の研究者と連携して、短時間で毛髪を分析できる技術の開発にも取り組んでいる(試験管の中身は分析用の毛髪)

毛髪中のストレス関連物質の分析には、コストと時間の面で高いハードルが存在するのですね。

はい。そのため本研究では、脈波など計測や調査が比較的容易なデータから毛髪中に蓄積されたストレス関連物質の量を推定し、そこから恒常的な心の状態を評価する手法の確立を目指したのです。この手法ならば、1年に1回毛髪の採取・分析を実施し、その後1年間は質問紙やfitbitなどによる調査・計測を行うことで、被験者の心の状態を評価してメンタルヘルスを守ることができるようになります。

なお、2年目には、毛髪中のストレス関連物質の量を推定する上で、毛髪1㎝から採取した1ヶ月前の物質量と睡眠中の最低心拍数、またワークエンゲイジメント(仕事に対するポジティブな感情、働くことへのモチベーション等)やストレス認知、コーピングなどの主観指標が有用であることを明らかにしました。主観指標についてさらに詳しく見ると、ストレス関連物質によって、蓄積量の推定に用いるデータが異なることがわかりました。

また、これらの結果に基づいてさらなる分析を行い、毛髪のストレス関連物質量を推定する解析モデル/アルゴリズムの開発に取り組み、各成分とも良好な推定ができる可能性が示されました。

コーピングにはいくつかのアプローチ法が存在し、ストレスの種類によって最適なコーピングは異なる