疼痛緩和治療において疼痛の程度を客観的に評価するウェアラブルセンサ方式の社会実装
室伏 景子 先生

がん・感染症センター都立駒込病院 放射線診療科治療部 医長

心拍変動と疼痛の関連に着目した研究は、これまで行われていなかったのでしょうか。

心拍変動と疼痛との相関を検討した研究は、行われていました。しかし、単一施設で行われたため症例数が少なく、臨床に応用可能な結果は得られなかったのです。

そこで本研究では、当院を含む8の医療機関に協力を依頼しました。幸い、臨床現場で痛みを客観的に評価することの重要性について共感していただけたため、症例の集積が実現しました。

また、既存の研究では心拍変動の計測時間が短かったため、本研究では患者にウェアラブル心拍センサを装着してもらい、約24時間にわたって心電波形を測定しました。そして、取得された心拍変動を解析し、一日の自律神経活動を算出しました。

心拍センサには加速度計が内蔵されており、活動時と非活動時を区別して、心拍変動を測定することが可能である

疼痛を伴う疾病には様々なものがありますが、対象になったのはどのような病気の患者ですか。

本研究では、自分の専門である、病的骨折を有さない有痛性の転移性骨腫瘍の患者を対象にしました。転移性骨腫瘍は疼痛を伴いますが、放射線治療によって高確率で軽減することが可能です。

また、放射後2週間~1カ月程度で治療効果が得られるため、疼痛の時間的推移のデータを比較的容易に取得できます。経時的に心拍間隔の変動の解析を行うことで、疼痛の程度や治療効果との相関を検証しやすいのです。

転移性骨腫瘍の疼痛評価法として、心拍変動解析が有効であることが証明できれば、他の疾病の疼痛緩和治療にも応用できるようになると考えています。

それでは、これまでのご研究の内容を具体的に教えてください。

研究1年目には、研究手法が適切かどうかを検証するために、当院にて11症例の心電波形を取得し、心拍変動の解析結果から評価した交感神経活動(LF/HFで算出)と疼痛の相関について、治療開始日・最終日・治療後3~5週の計3回にわたり検討しました。また、疼痛以外に交感神経活動に影響を与える要素として不安や抑うつに着目し、交感神経活動との相関を調べました。

その結果、抑うつと心拍変動は弱い相関を示しました。さらに、疼痛以外のバイアスを除外するため、中程度以上の疼痛を有する患者に限定したところ、疼痛と自律神経活動の1日平均が相関を示すことがわかりました。

また、活動時と非活動時(睡眠時)の交感神経活動及び心拍数を比較すると、非活動時の心拍数は活動時に比べて低いにもかかわらず、交感神経活動の値は有意に高いことが明らかになりました。

中程度以上の痛みを有する患者の交感神経活動と疼痛の関係(上)と、活動時・非活動時の交感神経活動及び心拍数(下)

活動量が減り、心拍数が下がっているのに、交感神経は活性化しているということでしょうか。

はい。そもそも交感神経は心身を興奮状態に導く神経で、健常者の場合、非活動時には交感神経活動が低下します。しかし、痛みが激しい場合には非活動時も疼痛に対して意識が強く向かい、ストレスとして認識している可能性が高いのです。

2年目にはこの研究結果を論文として投稿するとともに、特許を申請しました。また、症例を集積する中で、ある3症例に対して治療開始時・終了時・治療後3~5週間の疼痛および不安・抑うつの評価と、睡眠時と覚醒時の交感神経活動の推移を調査しました。現在、データ解析方法を再検討しているところです。